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拳神

 背後から聞こえた声にラスティが思わず飛び退く、いつ現れた? 魔力感知には何も引っ掛からなかった、真白な髪の壮年のその男が放つ異様な気配、マルスやフリードとはまた違う別種の威圧感。

 確かに見た目の威圧感は凄まじい、フリードと比べても頭一つは抜きん出た身長、筋骨隆々としたその体格は身を刻むような鍛錬の表れ、その顔に、腕に刻まれた無数の傷痕が男の戦歴を物語っている……だが、相対してまだ尚感じる違和感……魔力を感じ取れない……いや、これは……魔力が……無い?


「嬢ちゃんちぃっとどいてくんな、彼氏をちっと借りるぜ?」


「かっ……彼っ?? いや、そういう関係では……っ!?」


 顔を真っ赤にするラスティに向かいにいっと笑うと男が兵達に向かい声を張り上げる。


「貴様らこの体たらくはなんだ! 下がってろ! こいつぁ儂が相手をしてやる!」


 一瞬びくりと肩を震わせた兵達が慌てて廊下の端へビシリと整列する、その様子を見、ゆっくりと振り返ったマルスが男の姿に釘付けになる。


「な……なんて綺麗な筋肉なんだ……研ぎ澄まされ……練り上げられている……! ここまで鍛え上げるには眠れぬ夜を何度過ごせば……嗚呼! なんて美しい!」


「ガハハハハハ! 情熱的な口説き文句だな! どれ、儂が相手してやるからかかってこい!」


「っ……お言葉は嬉しいんですが、僕はここの責任者の方に……」


「心配すんな! 儂がここの責任者だ! なに、儂に勝てたら諸々全部何もかもお咎め無しにしてやるよ! さぁ! やるのかやらねぇのか!」


 一目見たときから惹かれてしまった、その腕、その脚、その胸板。首筋に感じる強敵の気配がマルスの心に火を灯す。()りたい! ()りあいたい! 力の限りをぶつけ合いたい! 一度火が付いた業病が倫理も道理も焼き尽くす。これ程の(おとこ)と拳を交えることが出来るなら、命のやり取りが出来るなら、それだけでこの旅に出た意味がある!


「……いいんですね? 相手をして頂けるなら是非も無い! 胸を貸して頂きます!」


 マルスの纏う空気が変わり、廊下に整列した兵達が微動だに出来ず息苦しさに必死に耐える、その様子を見て男がパンと掌を合わせニイッと笑った。


「あんま部下共を苛めてくれるなよ、ま、急かしたのは儂だが……場所を変えねばな!」


「わわっ!?」


 言うが早いか男がマルスの首根っこを掴み窓枠を蹴り外に飛び出す、慌てて追いかけたラスティが見たのは宙空で構えをとった二人の凄まじい闘気のぶつかり合い。着地までの数瞬に一体幾合拳を交えたのか……ラスティの目をもってしてもその半分も追うことが出来ない。


「ガハハハハ! 待ちきれないってか?」


「闘気で誘ってきたのはそっちでしょう!」


「違いねぇ! さぁ準備運動は終わりだ! 手加減無しで行くぞ!」


「それじゃぁ早速! ()りあおう!」


 構えをとった二人の足が岩盤を砕き、残像を残し交差した拳が大気を破裂させる、弾かれた互いの頭が血飛沫を上げ、互いの高笑いが辺りにこだまする。


「んなっ!?」


 眼前の出来事に驚愕するラスティ、無理も無い、出会って五年、今までに果たしてマルスが手傷を負ったことがあっただろうか? 魔剣による斬撃も、棍棒による殴打も、詠唱をミスった最上位魔法に巻き込んでしまった時もかすり傷一つ付かなかった。

 更に異様なのは魔力を纏わぬただの拳によりその傷がつけられた事実。いや、それどころではない、この男は()()()()()()()()()()マルスの攻撃を受けた。生身で受ければ肉体が血煙を残し消失する程の打撃を受け切り、あまつさえ反撃に興じているのだ。


「信じらんない……なにあのじーさん、どういう体してんのよ……」


「あ~あ、領主様完全にスイッチはいっちまってる……」


「あのガキ大丈夫か……ってか……殴り合ってねーかあのガキ……!? 嘘だろ? タウラス様とまともにやり合える奴なんか居るのかよ」


「!? タウラス?? タウラスってあの『武神タウラス・フォン・ガルドレイク』!?」


「あ、ああ、その武神様だよ」


 まさかそんな大物が出てこようとは……。タウラスと言えば大戦時の英雄の一人、どのような時も防具を身に着けず素手で戦場を闊歩する、いつでもどこでも正面突破、攻撃は受けた上で叩き潰す、素手で城門をこじ開け城を落とすその様からついたあだ名が『破城のタウラス』。

 『味方で頼もしい、敵であったならゾッとする』とフリードをもって言わしめる豪傑。事実、若かりし日のフリードとタウラスの戦いは吟遊詩人の歌の定番、まだ未熟であったとはいえ若きフリードと引き分けたその実力は紛れもない本物、果たしてそのような相手にマルスは……。

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