狩り
「うわ~! 一面金色! 今年も豊作ですね、父上!」
馬に跨がるフリードの膝に乗り、マルスが目を輝かせて周囲を見回す。見渡す限りの黄金色の平原の中、マルス達討伐隊一行は順調にその旅程を経過していた。
「ふむ……ここは来る度豊かになっておるな……我が領も見習わねばなるまい……」
「義兄上の領には敵いませぬよ、ですが最近は本当に豊作続きで良いことです、何も変わった事はしてないのですが……」
実のところ変わった事はしていないと言うも原因はある、その原因というのはマルス、本人が何かをしたと言うわけではないのだがその食生活とちょっとした我が儘が原因の本質。
貴族の食事といえども普段は粗食が基本、味には満足していたマルスだが致命的な問題があった。そう、たんぱく質の不足である、トレーニングを行うには環境的に申し分無い、だが筋肉を作るためには食事は最重要、特にたんぱく質が不足してはトレーニングもただただ質の悪いダイエットにしかならない。
だが肉を常時食事に出せなどと言えるほどクラッヒト領は裕福でもない、そこでマルスがねだったのが大豆の栽培。農地に余裕は無かったが寒農期なら……と麦作の合間に大豆を植えたのが結果的に連作障害の解消に至った、という絡繰りである。
だが当の本人は農業知識など全く無く、ただただたんぱく質欲しさに大豆の栽培をねだっただけのため、この輪作が効果を産むとダリスが気付くのは随分後の話になるのであるが……。
「ほぅ、牧場も作ったのか……」
「マルスが乳離れが出来てなくてですな、ミルクが欲しいと言うがこの歳で乳母を頼むのは外聞が悪いので家畜を飼うことにしたのです」
「も~! 父上! そんなのじゃないって言っているではありませんか! 強い体作りの為に乳製品が必要なのです!」
「ははは! まぁそういう事にしておこう! さて、あそこが魔物が目撃された森だ、気を抜くんじゃないぞ?」
ダリスの指す先には鬱蒼と茂る森、領土の実に三分の一を占める広大な森に、道とは名ばかりの獣道に近い入口がぽっかりと誘うように口を開けている。魔物の存在する森、と一言で言ってしまうと開拓してなくしてしまえば……と考えるかも知れない。
だが得てしてこういった森は樹木精霊の住処となっており、下手に森を潰した日には機嫌を損ねた樹木精霊が土地を離れ、その地が不毛の土地となりかねない為どこの領でも悩みの種となっている。
「いつ見てもここは不気味だな……」
「そうですか? 僕にはなぜか心地いい場所に見えますが?」
「ふむ……もしかしたらマルスには魔法の素養があるのやもしれぬな、樹木精霊の森には魔力が満ちている……素養の無い者には濃い魔力は不快に感じるものだからな」
「私は義兄上のように素養はありませんからね、ならばマルス、魔法の家庭教師でもつけてやろうか?」
ダリスの言葉にマルスが複雑そうな表情を浮かべる、魔法……ファンタジックでミステリアスな魅力ある力……。マルスも魔法という物に対する憧れというものが無いとは言い切れない、だが正直言って家庭教師などつけられても困る、何故なら魔法の授業に時間をとられていてはトレーニングが出来ないではないか、折角たんぱく質の供給源を確保したのだから、それまでに足踏みした分を早く取り戻さねばならないのである。
「父上、残念ですが僕には魔法の素養など無いと思いますよ? そんなことより今は狩りの準備を致しましょう」
「うむ、そうだな。皆の者! 柵を組み立て退路を塞げ! 村々の方に逃がさぬよう警戒を怠るな!」
ダリスの指示に合わせ騎士達が手際よく森の周囲に柵を組み立て始める、手負いや住処を追われた獣は得てして強暴化するもの、討伐に来て獲物を手負いの化け物に変えてしまっては本末転倒である。
「伯父上、魔物狩りはどのようにするのでしょうか? やはり通常の狩りのように追い立てて……ですか?」
「小型の魔物ならばそれでもよいがな……だがこの気配はそれでは少々危険だな……」
フリードが見つめる森の奥、光も差さぬその暗闇の先に何か大きな気配が蠢いた気がしてマルスがぐっと身構える。あちらもこちらに気が付いた? ピンと張り詰めた緊張感が場を支配し、森の奥でギャアギャアと鳥達が騒ぐ音が耳に良く響いた。
「さて、ならば私と兄上、あとはもう二人程付いてこい。まぁ逃がすことは万が一にも無いとは思うが……森から逃げだした魔物がいれば大小に拘わらず必ず四人一組で対処すること、よいな!」
「「「はっ!」」」
ダリスが出した指示に騎士達が踵を鳴らし応える、領主自ら危険の中に飛び込む……愚かに思えるかも知れないが騎士達の視線は信頼に満ちている。武門の誉れ高いクラッヒトの領主に救国の英雄、魔物如きに対し心配する方が失礼というものであろう。
「父上! 私は?」
「お前は留守番だ、森の中は何があるか分からないからな。今日の所は雰囲気を楽しめ」
「なっ……伯父上!」
「今日は我慢だ、騎士達の働きを見るのも重要な事だ。今日学んだ事を次に生かす、その為の留守番だ、いいな?」
助けを求めるようにフリードに縋るも一刀両断されてその場に俯く。それはそうだ、確かに『連れて行く』とは言ったが『討伐に参加させる』とは言っていない、人相手では出来ない存分な腕試しを……と気合いを入れていたが……マルスは今日この時ほど精神年齢に不釣り合いな自分の小さな体が恨めしく感じた日は無かった。