取り調べ
「で、男に絡まれて我慢出来ずにそっちの嬢ちゃんが手を出した……と?」
関所の取調室で調書を前に兵長らしき階級章を下げた男が頭を掻く。こっちの坊主がやったのならまだわからんでもない、だがこの華奢な(一部除く)エルフにそんな力があるものだろうか?
だが傷は捕縛前にこの坊主が治し、被害者も非は自分にあると擁護の姿勢。尚且つ身に付けている物を見る限りいいとこのお坊ちゃんらしいときたものである。厄介ごとになる前に釈放すべきか?
……だがこれ程の腕を持つ者がなぜ我が国へ? スパイか何かの可能性も非常に高い、何より旅をしているにしてはこの者達は軽装過ぎる、何か後ろ暗い事情があるとする方が腑に落ちるではないだろうか?
「証言に偽りは無し、周囲の話からも一致……ふぅむ……」
「ちゃんと治療してあげたんだからお咎め無しでしょ! だから早く通してよ!」
「それはそれ、これはこれだ、治療したからといって軽率に暴力を振るう危険人物を入国させれば何をするかわからんだろう」
兵長の言葉にラスティが言葉を詰まらせる、どう考えても兵長の言葉が正論、逆の立場ならば自身も同じことを言うだろう……。だがマルスの旅の第一歩をこのような事で躓かせてしまう訳にはいかない、それに注意した自分が失態を犯すとは……しっかりリードして頼りになるお姉さんムーブを楽しむ計画が……。
「それで? 入国に際しての手形はどこだ?」
「はいはい、それはちゃんとあります~、ほら、まーくんも出して!」
「手形? って……何?」
「「はっ!?」」
キョトンとした表情で首をかしげるマルスにラスティと兵長が揃って素っ頓狂な声を上げる。手形が、無い? 手形は現代で言うパスポート、それを持たずして海外に旅をしようなどと言語道断、常識が無いどころの話ではない。
「ちょっ! えぇ? いや、手形が無いってどうして!?」
「あ~、そういう訳で坊主の方は入国出来んな、一名様ご案内で良いか?」
「ちょっとまーくん! どーゆーことですか! 私をからかってたんですか!? もしやお役御免で私を放逐する方便……っ!?」
絶望的な表情で涙ぐむラスティが兵長がドン引きする程の剣幕でマルスに縋る。
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「じゃなくてなんですか! 私は都合の良い女ですか!? 用が終わればポイの使い捨てなんですか!?」
「あ~……お前さんら痴話喧嘩はここ出て故郷に帰ってからにしてくんね?」
「いや、通行手形の代わりはあります! 父上は聖騎士の証を見せればって」
「はぁ? 聖騎士ぃ?」
兵長が怪しむのも無理は無い、通常聖騎士というのは歴戦の勇士がその力を神に認められ授かる称号。それをこの自分の子供より若そうな子供が?
冗談にしては質が悪い。……というか冗談で言うには最悪だ、聖騎士を詐称するなどすればどの国であろうと極刑は免れないのは常識なのだから。
「おいおい坊主、余り妙な事を言うもんじゃねぇぞ? 聖騎士を騙るなんて命知らず……!」
兵長がため息をつきつつマルスの額を小突こうとしたその時、その額に鮮血の如き鮮やかな魔法文字が浮かび上がる。
「っ!」
「ほらほら~、分かるでしょ? 聖騎士様、聖騎士様ですよ? 丁重にお持て成し……」
「はぁ……確保だ、地下牢に入れておけ」
「なっ!? なんで! ちょっ……離してくださいよ! 聖騎士ですよ聖騎士! 不敬でしょ! は~な~せ~っ! っあ!」
天を仰ぎつつ兵長を煽っていたラスティがマルスの方に向き直り思わず声を上げる、が、時既に遅く、なだれ込んだ兵達により手際よくその場で簀巻きにされる。
「え? 何で……?」
「いいか? 聖騎士の紋章ってのは手の甲に出るもんだ、聞きかじった知識で真似したのかは知らんが牢の中で少し頭を冷やせ、追って沙汰を伝える」
……
「う~ん……聖騎士の証って言ったら魔法文字だって父上は言ってたんだけど……」
牢内の水桶に自らの額を映して確認する、間違いなくヴィードラから貰った魔法文字、怪しい輝きを放つそれは間違いなく聖騎士の証……? いや、手の甲? さっきの兵長さん手の甲って言ってた? 言われてみてふそういえばと考える、神から賜りし証という事で気に留めて居なかったが確か……。
「……そういえば額に貰った時は『神威』、ヴィルに名付けた時に『聖騎士』って……?」
慌てて右拳に力を込めると確かに浮かび上がる魔法文字、しかも額の物とはデザインが違う? もしかしてこれは……。
「あ~……やらかしちゃったかなぁ? 一先ずもっかい見て貰わなきゃだけど……でも言われて改めて手の甲に出して信じて貰えるかな?」
状況は最悪、もしこのまま国に帰されたらいい笑いものである。それに聖騎士を騙る行為は大体の国で極刑相当、このままでは処刑されかねない。
「僕は自業自得として下手すりゃラスティもヴィルも巻き込まれちゃうからなぁ……はぁ……」
悩めども仕方ない、とりあえずやれることを考えよう。周囲は石造りの壁、明かり取りの窓も無く出入口は頑強な格子の扉のみ、体感からもう日は沈んでおり見回りも暫くは来なさそう……。
う~む……ここから出てしまったらやはり不味いよなぁ……。と、悩む内に鉄格子にかけた手に力が篭もる……。
メキョッ……ガキン、バキン、ガチャン
「あっ……あ~~~っ!!」




