旅の空
「う~ん、気持ちの良い空ですね~♪旅日和ってゆ~んですか? なんか眠くなっちゃいますが……」
「ははは、まだ国境まで距離があるからねぇ、一回野宿してから国境越えって感じかな? それにしても……良かったの?」
マスクル領から隣国アスガルへと向かう街道を行く二人と一匹、マルスの問に対し、ヴィルの背に揺られながらラスティが何の事とばかりに首を傾げる。
「いや、お屋敷を出て僕に付いてきてくれたの。女の子に旅は危険だし、不便な事も多いし、快適なお屋敷生活を捨ててまで……」
「な~に言ってんですか! 私はまーくんの専属メイドですよ? 私がついて行かなくてどうすんですか! まーくん世間一般の常識に疎いですからねぇ、一人にさせたら何しでかすかわからないんですから。それに女性関係とか免疫無いんだから悪い虫とかが付いちゃいけませんしね♪」
得意気に胸を張るラスティだがその荷物からは一冊の本『特集! 世界のグルメ決定版!!』が顔を覗かせている。飽くまでお守りはついでという事だろうが、それでもラスティが同行してくれる事にマルスは大きな安心感を得ていた。
「周辺諸国の情報とかうろ覚えだから改めて教えて貰えると助かるよ」
「はぁ……だからちゃんと勉強しなさいって言ったでしょうに……まぁいいでしょう、このパーフェクトメイドのラスティちゃんにドーンと任せておきなさい!」
「うん、頼りにしてる。皆に盛大に見送って貰ったし、無様なことになりたくは無いしねぇ」
この旅立ちに際しマスクル家の面々や領民は勿論、クラッヒト家の面々に王都からトールまでもが駆け付けた。見送りとは言うがその実号泣するフリードとジャクリーンを皆で宥めるという、慰めに来たのか見送りに来たのかよく分からない状態ではあったが……。だが皆の激励は今一度マルスが決意を新たにするには十分な後押しだった。
「そういえば、トーマス様から貰った魔法鞄でしたっけ? 私が貰って良かったんです?」
ラスティがヴィルの上に寝そべりながら取り出した革製の鞄をくるくると手の中で遊ばせる。見た目はごく普通の腰巻きタイプのツールバッグ、だがその機能は驚くべき物。
内部は空間魔法により限界まで拡張されて30メートル四方の容量があり、おまけに位相魔法を応用することで別空間に荷物の位相をずらし重量がかからないようになっている。正に近代魔法の粋を集めた最高傑作! だが……。
「重さが感じられなくなるとか、そういうのは求めてないんだよね……やっぱずっしりくるこの感じが『旅してる~!』って感じでいいんじゃない?」
「まぁまーくんの脳筋は今に始まった事じゃないですがね」
「いやいや、それほどでも」
「だから褒めてないですよ? ってゆ~か国宝級の物品を失敗作扱いとか、トーマス様泣いちゃいますよ……っと……?」
突如、ヴィルがその場に立ち止まり警戒の唸り声を上げる、どうやら何者かが敵意を持ってこちらを観察している? 魔物や獣であればお昼ご飯の足しになるんだけど……と、期待を巡らせるも魔力感知に引っ掛かった反応は残念ながら人間……。
「はぁ……人間かぁ、魔物とかだったらお昼が豪華になったのに……手応えある相手なら良いけどなぁ……」
「ま、仕方ないですね、残念ついでにかかってくるようなら身包み剥いじゃいましょう。旅はまだまだこれから、何かと入り用ですからね♪」
これから襲われる側でありながら会話は山賊か何かのそれである、だがこの二人と一匹に好んで喧嘩を売るとは……無知か無謀か蛮勇か……それとも何か事情があるか? 何にせよ哀れと言うほか無いのは事実である。
「おぅおぅ! そこのガキ! ちょっと待って貰おうか!」
「うわ~、本当にこんな風に凄む人居るんだね! 僕初めて見たよ!」
「まーくん、頭の弱い人達ってどこもこんなもんですよ、自分を大きく見せるために声だけおっきくなってる可哀想な人達です」
「っっ! 聞こえてんぞてめぇら! 嘗めてんのか!? まぁいい! てめぇらガキと獣は殺せ! 女は使い道があるから傷付けんなよ!」
激昂した様子で更に凄む男は野党らしき集団の頭なのだろうか? 気が付けば周囲をぐるりと取り囲まれているが……奇襲のアドバンテージを捨ててまで声をかけてきた理由は何だろう? と、囲む野党達の後ろから矢が、魔法が、釣瓶打ちに飛来する。
「馬鹿正直に姿を見せたのは揺動で本命は伏兵の狙撃かぁ」
「まぁ及第点ですかね? 威力はお察しですけど」
「なに笑ってやがんだ! これでも食らいやがれ!」
絶体絶命と思える状態でも彼等の態度は変わらない、余りにも異様な雰囲気だがこの包囲の中で何が出来ようはずもない、雨の如くに降り注ぐそれらがマルス達を捉えようとしたその時、口角を引き上げ勝利を確信した野党達の眼前で雲散霧消とその姿が消失する。
「んなっ!? なんだ? 消えたぞ?」
「何処に行きやがった?」
「幻影魔法か? 本体は何処に居る!?」
目の前で起きた事態に理解が追い付かない、何が起きた? 幻影? いや、あんな鮮明な幻影魔法など有り得ない、現に奴等は先程までこちらに聞こえる程の声量で会話までしていたではないか。
ただならぬ気配に背筋に生温い汗が伝う、混乱した戦況、ガキ一人狩るだけのボロい商売? 話が違うじゃないか! 消えたガキ共はどこへ……? 彷徨う視線が、そばだてた耳が、周囲の異変を察知する。声が、仲間達の声が減っている? いや、周囲にあるはずの影も次から次へと……。
「何が起きて……がっ!?」
「おい! どうした? しっかりし……ぐえっ!」
「いっ……嫌だ! 嫌だああぁぁああ!」
為す術も無く倒れ伏して行く野党達、ある者は拳で顎を撃ち抜かれ、ある者は投げ飛ばされ、そしてまたある者は巨大な肉球に潰される。時間にして1分もかからぬ内に街道に沿う平原に動く者は無くなり、腰を抜かし崩れ落ちた頭目の前に再びマルスが姿を現す。
「さて、魔力感知に引っ掛かってたのはこれで全部?」
「ですね~、あとはリーダーっぽいこのおっさんで最後です」
「なっ……なんなんだ……お前ら一体……!」
「なんなんだって言われても……いきなり襲ってきたそっちがなんなんだ? ってねぇ?」
「あっ! まーくん、この顔見覚えがある! 確かテイケレッグ伯爵のとこにいた傭兵っぽいやつの一人!」
頭目の顔がサッと青ざめる、対象を仕留め損なうどころか雇い主まで看破された。このまま捕らえられたら……いや、捕らえられなくとも情報の漏洩が知られては命が……。
「まぁ雇い主は選べないって事で……運が無かったね、おじさん」
「くっ……殺せ!」
「いやいや、おっさんの『くっ殺』に価値は無いですからね? そんじゃまぁやるべき事はやっとかなきゃですから、恨まないで下さいね?」
にじり寄る二人と一匹、後ずさりしようにも腰から下が消失したかのように力が入らない。この化け物達は何なのか? なぜ伯爵はこいつらの命を狙ったのか? まさか五年前あの剣豪が敗れたというのは……? 自身の運の無さを顧みて、頭に浮かぶ走馬灯を眺めながら頭目の意識は宙に溶けていった。
……
「見て見てまーくん! このナイフ火属性の魔法付与ついてる! 高く売れますよ~♪」
「色々持ってたし三十人以上居たからねぇ、でも一切合切全部回収しちゃったけどいいのかな?」
「法の上では討伐した野党や盗賊の類いの持ち物は討伐者の裁量に任せるってなってますからね~♪それにおやかたさまったら路銀を金貨十枚しかくれなかったんですから……少しでも稼がなきゃいけないですし」
「男子たるもの旅をするなら家を頼るな、だっけ? でも金貨十枚なら贅沢しなきゃ一月はもつからねぇ……厳しいのか過保護なのか……」
厳しくしたい、だが最低限不自由はさせたくないという親心。ちなみに初めにフリードが金貨百枚を渡そうとしてダグラスにこっぴどく説教を受けていたのはマルスの与り知らぬ秘密である。
「でも、良かったんですか? 見逃して」
「命まで取るのも忍びないしねぇ、まぁ監視役も無力化したし、国内には居られないだろうから他国に逃げるでしょ? そっちで悪さしてたらその時は改めて……ね?」
「は~、甘いですねぇ私のごしゅじんさまは……。ま、きつめに脅しもかけましたしね、何とかなるでしょ♪」
地平線に夕日が沈む中、二人と一匹は歩き続ける、強さに憧れた少年は青年へと成長し、ついに大きな世界に向けて翼を広げる。一部では伝説、一部では悪夢と語られる冒険譚は今日この日からスタートするのである。
……
「お頭……大丈夫ですかい?」
「あぁ……お前らも無事か……」
意識を取り戻した野党達、改め襲撃部隊の面々が続々と集まってくる。総勢三十二人、一人の欠けも無いことを確認し、安心したように頭目がため息をつく。
「やられちまった…っつーのがおこがましいほどに完璧にやられたな、オマケにこんな温情までかけられちまって……」
「完全に化け物でしたよ、何も見えねぇし訳が分からねぇ、二度と相手するのはごめんでさぁ。んで、荷物の一切合切もってかれちまいやしたがどうします?」
「戻っても任務失敗で殺される……まぁ成功してても口封じに殺されてただろうな、ありゃそういう類いの相手だ」
「最初から片道切符って事っすか、ってぇと失敗した時用のプランで?」
「あのおっぱいエルフ、ご丁寧に通行手形だけは手を付けずに行きやがった、まぁ必要ねぇから置いてったのかもしれねぇが……。おあつらえ向きに見張りはまだ気絶してっからな、今の内にさっさと国境に向けて出発だ」
「あ~あ、武器も路銀もねぇで異国の空かぁ……ついてねぇ~!」
「命はあんだろが、まぁ気ままに冒険者でもやりながら暮らしゃいいさ、盗賊やってもいいがあのおっぱいに脅されちまったからな」
肩を抱き震える仕草を見せる頭目にどこからともなく笑いが起こり、皆の張り詰めた空気が緩んで行く。
「あのおっぱいは名残惜しいけど一緒の国は御免ですからね、あいつらは東に行ったって事は?」
「俺らは南、だな、まぁ何とかならねぇ事もねぇだろ? 頭数こんだけあんだ、何とかなるさ」
「……頭数だけじゃあの化け物共には敵いませんでしたがね」
「うぐっ! そいつを言ったらおしめぇよ……いいから野郎共! 荷物……っつっても空だが持ったら集合! 明日の朝までには国境を越えるぞ!」
「へ~い、地獄まででもお供しますよ」
ここまでで第一章が終わりです、これから少しお休みさせて頂いて少し書き溜めてから再開させて頂きます。第二章を御期待頂けますと幸いです(*´ω`*)




