マルスの悩み
「よぉ~し、今日はここまで! マルス、強くなったな! このままでは私も危ういかも知れぬな! ハハハハハハ!」
「父上、ありがとうございました」
フリードの元にマルスが養子に来て五年の月日が流れた。日々繰り返される基礎トレーニングに戦闘訓練、栄養に富んだ美味しい食事、そして魔力暴走を利用した秘伝の筋肉育成法……。
極限までの密度を持って引き締まった筋肉、神性金属を凌ぐと賞されるほどの頑強な骨格、そして古今に比肩する者無しと言われる大英雄でもある父フリードの指導。まだ表情にあどけなさの残るこの少年は齢十五にして既に完成していた。
狩りに出れば巨大な地竜を易々と屠り、盗賊討伐に出向けば単機で百を超える盗賊達を捕縛する。産まれたときから、いや、前世から憧れていた高みに辿り着いて尚少年の表情は未だ何かを求め何かに飢えていた……。
「なんでぇ、坊主が元気が無い? そりゃあ思春期ってやつじゃねぇのか? うちのガキんときも苦労したぜぇ?」
「う~ん……まーくんのはな~んか違う気がするんですよね~、なんか……納得いってない、っていうか……何か足りてないって言うか?」
「私が父親として至らないからなのか……? あぁ……マルス済まない……不甲斐ない父を許してくれ……」
いつもの食堂でいつもの三人、項垂れるフリードを囲みラスティとダグラスが首を捻る。フリードの相談事はズバリ最近のマルスの様子について、フリードが本格的に稽古をつけるようになって三年、いつも期待に目を輝かせ稽古が終わった後もうきうきと研鑽に励んでいたマルスの様子が最近どうにもおかしいのだ。
「前は組み手が終わった後ももっともっととねだったり、ああでもないこうでもないとやっていたのだが……最近は何だかぼ~っと考え事をしているようでな……」
「まるっきり思春期のそれだと思うがなぁ、あっ、それともナニか? コレでもデキたか?」
ダグラスが小指を立ててニヤリと笑うと同時にラスティが肩を跳ね上げる。
「んなっ!? 有り得ない有り得ない! あの脳筋まーくんが恋愛に現を抜かすなんて有り得ない! それに芽になりそうなフラグは私が全部叩き潰し……」
「叩き……なんだって?」
ニヤニヤと顔を覗き込むダグラスから逃げるように顔を真っ赤にしたラスティが小さくなる、ラスティの暗躍も気になるがそれはそれ、今の議題はマルスの事だ。
「稽古自体にはしっかり身が入ってるし、成長速度は目を見張るものがある。私もうかうかしてはおれぬと思わせられる程だ」
「ん~……俺らじゃもう相手できねぇレベルだからなぁ坊主は」
「あんだけ強くなってもまだまだ上を目指してるんですよねぇ……そういやおやかたさまのまーくん位の時はどうしてたんです?」
「私か? 私は十の頃から周辺諸国を回っていてな、様々な武に触れ研鑽を続けていた。竜の谷に大迷宮、様々な強敵……」
「? その頃って大戦中で国家間の往来って無いんじゃありませんでしたっけ?」
ラスティの指摘にフリードがハッと口を塞ぐ、何やら非合法な匂いがするが……ここでそれを指摘するのは野暮という物だろう。
「まぁそこら辺はさて置き、何でおやかたさまは諸国巡りの旅に出たんです?」
「それは自分の成長に限界を感じて行き詰まって……うむ……」
「案外坊主も似たもんなんじゃねーか? 只でさえ難しい年頃な上に普段の相手がお前さんだ、自分に自信を持てねぇのかもな」
ダグラスの言葉にフリードが眉間を押さえ目を閉じる、自身の過去に照らし合わせればなる程、合点のいく話である。自信をつけさせる為にわざと手加減を? いや、そのような事をすれば逆に傷付く、武において言えばマルスは驚く程に自分に似ている、だからこそ読みやすくだからこそ愛おしい……。
「子の成長を妨げるは親たらずや……か」
「いつまでも甘やかすのが親の仕事じゃねぇって事だぁな」
「ラスティ、先日の王宮の晩餐会の連絡、まだ返事は出していないな?」
「はい、使者の方が視察も兼ねてという事で御逗留頂いていますよ?」
「……そうか……」
手元のカップのホットチョコレートに目を落とし溜息を一つつき一息に飲み干す。いつもの味、いつもの甘いホットチョコレート、だが、飲み下したその味は何故だかとても苦かった。




