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いたずら小僧の帰還

「不意を討たないなんて優しいんですね」


「いや、ガキ相手に背後から斬り掛かるってのはなぁ……だがしかしさっきの魔法にゃ参った……ある程度訓練してっからどうにかなったが、意識をはっきりさせるのに時間がかかっちまったぜ」


 男の装備を見るに正規の騎士では無い、恐らく流れの傭兵か何かだろう、ならば姿を見られても口封じの必要は無さそうだ……。それに、これ程見事な前腕筋群の持ち主を失うのは世界にとっての痛手であろう事は明白、良き筋肉は良き戦士に宿る、筋肉に罪は無いのである。


「ナイスバルク!」


「? お、おぅ、なんか知らんが褒めてくれてんのか? 調子狂うな……。まぁ、こっからは仕事の時間だ! 俺もガキを痛め付ける趣味はねぇ、大人しく捕まってくれりゃ……」


 男が言い終わらぬ内にラスティ達を降ろしたマルスが構えを取る、呆れた顔で大きく溜息をついた男の表情が切り替わり、構えた剣に殺気が宿った。


「さあ尋常に!」


「ガキがいっちょ前を!」


 踏み込みと同時に男の姿が消え、風切り音と共に大剣が襲い来る。余裕を持って躱したつもりのマルス、だが、予想に反して伸びた刃が衣服を掠めて端切れが舞う。


「っち、惜しいな」


「痛め付ける趣味は無いんじゃないです?」


「痛め付けねぇように一撃で終わらせてやろうって慈悲よ! なに、御用向きはそっちの嬢ちゃんにたっぷり聞かせて貰うさ!」


 並外れた膂力で鉄塊を振り回すお上品とは言えない戦場の剣、確かに()()()()()()()一流、だが剣聖と呼ばれる父を持ち、大英雄を養父に持つマルスがそのような剣を躱しきれないとは思えない。

 だが自身に感じる確かな違和感、視野が狭い、呼吸が荒い、足元が……あっ……。


「酔っ払った状態で俺様の相手が出来ると思ってんのか! がきんちょ!」


 そうだ、アルコールだ、だが戸惑うのも無理も無い、前世を含めてアルコールを摂取したのは初めて、フワフワと浮かんだような感覚に体がついて行かないのは仕方ない事。

 だがそんなことはお構いなしに男は剣を振るってくる、不味い、このままでは……。


「ちょこまかと逃げ回りやがって!」


 苛立った男が大振りの斬撃を放ち、床を切り裂いた一撃がマルスの足場を崩す。


「しまっ……っ!」


「もらったぁ!」


 ガキイィィィイン!!


 辺りに鳴り響いたのは金属同士がぶつかり合うような音、男の目に映ったのは弾かれた大剣、確かに腕を断ち落としたと、心に抱いた確信とはまるで正反対の手応え。武器も防具も見当たらない、丸腰だったはず。それがなぜ? 確かに捉えた筈の獲物の腕には傷の一つすらついていない。と、にわかにマルスの腕が脈動し、まるで内側から破裂したかのように血飛沫が散る。

 男が目の前の事象が理解できないという様子で立ち尽くす中、マルスがちょっとタンマと掌を掲げ、廊下の隅で自身の喉奥に一息に指を突っ込んだ。


「うぇっ……オロロロロロ……ゲホッ」


「んなっ……な……なんで斬れてねーんだ!? おかしいだろうが! ミスリルの大剣だぞ? 鋼を易々断ち切り相手の魔法防御を取り払う! それに……なんださっきのは!? 腕が……破裂? 破裂??」


 確かに腕が爆ぜたのを見た、だが、目の前の少年が血を拭った腕には傷の一つも付いていない、悪い夢でも見ているような感覚に男が頭を掻き毟る。


「ふぅ、そんな大層な物だったんだ、そりゃ当たったときに魔力のバランス崩れて暴走するはずだ……。あ、ちょっと待ってね、えっと……確かここに……」


 男の抗議もどこ吹く風、マルスが背負っていた重そうな革袋を下ろすと中から革袋よりも明らかに大きな水差しを取り出し口をゆすぎ手を洗いだす。何から何まで理解が及ばない、一体自分は何を相手にしているのだ? 傭兵生活十年の経験が全力で警鐘を鳴らしている、人とも魔物とも違う異質な存在感……そう、それは憧れ追いかけたあの大英雄のような……。


「よし! 流石に汚れた手で相手するのも失礼だから……じゃあ改めて()りますか!」


「っっ! 畜生……全力で逃げてぇとこだが、雇われの身の辛ぇとこだな全く!」


 男が悪態をつきつつ剣を構え直す、瞬間、二人の纏う空気が変わる、チリチリと空気を焦がすような闘気のぶつかり合い。先に動いたのは……。


「っっらああぁぁぁぁあ!!」


 男が満身の力を込めて大剣を大上段から振り下ろす、単純、故に強力、数多の敵を屠り数々の戦場を生き延びた、全身全霊全てを乗せた一撃……。その一撃が、目の前の少年の放った正拳の一撃で愛用の大剣ごと砕け散る。


「なっ……!?」


 男が剣の柄を投げ捨て腰のナイフに手をかけた瞬間、少年の左拳がゆるりと動き鋼の胸当てにコツリと当たる。

 何かが胸を貫くような衝撃、視界に映る砕けた金属片、遅れて訪れた背部への衝撃、やってしまったとばかりに慌てる少年の姿。徐々に赤く染まって行く視界の中、男の意識は闇に溶けていった。


「あ~……ちょっとやり過ぎちゃった……? 息は……ある! 少し回復魔法かけとけば大丈夫かな……? お酒入ってると力加減難しいんだなぁ……危うく殺しちゃうとこだった……ってうわっ!?」


「ま~く~ん♡なにしてんの~? 次はどこ行く~? もっともっと楽しまないと勿体ないよ~! さぁお楽しみも夜もこれからだ~ハリーハリーハリー♪」


 いつの間にか復活していたラスティが愉快そうに館の奥へと駆けだして行く、脅威は排除したとはいえまだこのような輩が居ないとも限らない、ラスティ一人にしていては流石に危険だ。

 急ぎラスティの後を追い辿り着いたのは一際豪奢な装飾のなされた一室、その天蓋付きのベッドの上でラスティが何かを一心に毟っている。


「っこのっ! あんたのせーでこっちはこんなとこまで……まーくんに刺客送り込むとかじゅーねん早いのよっ! このっ!」


 ラスティが毟っていたのはベッドの上で寝ている壮年の男性の頭髪、よく見ればホールにあった肖像画の人物……? ラスティの口ぶりからも察するに恐らくこの男性がテイケレッグ伯爵その人なのだろう。


「ら、ラスティ? その辺にしたげたほうが……流石にそれは可哀想すぎ……」


 興奮冷めやらぬ様子でこちらを振り返るラスティ、まだまだやりたりないといった様子だがぐっすりと眠る伯爵の頭髪は既に数える事が出来る程に減っている。


「ふんだ! まーくんに手を出したんだからこれじゃ甘い位ですよ!」


「そろそろ帰らなきゃ、来る途中に倒した魔物の解体もしなきゃだし……」


「ん~? 解体? 魔物ったって森の中に放っておいたら食べられちゃってるでしょ? 一体どういう……」


 首をかしげるラスティにマルスが魔法鞄の中から巨大な突撃猪を取り出して見せる。


「こんな感じで鞄に全部入れてあるからさ、血抜きと内臓抜くのはなるべく早くやっときたいんだけど……」


「ほほう……血と内臓とな……」


 ラスティの瞳が妖しく光る、早くやりたいなら仕方ない、うちの解体場を汚すのも忍びない話であるし片付けが非常に面倒くさい、ならばおあつらえ向きな場所があるではないか! 汚しても大丈夫! 面倒な片付けも不要! おまけに任務に素晴らしく合致する! 嗚呼! 私はなんて素敵なアイデアを思い付くのだろうか!



……




「ふい~……ようやく帰って来れた……抜け出したのバレたら大目玉だ……間に合って良かった……」


「うぅ……頭痛い……動くの辛い……」


 テイケレッグ伯爵邸から脱出し、ラスティとヴィルを背負いマスクル領まで、夜明けまでという制限時間付きの移動は流石のマルスにも堪えたようで、ベッドに突っ伏したまま動けない。


「それにしても、あれ、大丈夫なのかな?」


「何がです~?」


「伯爵の寝室、血塗れ臓物塗れで真っ赤な海みたいになってたけど……」


「あぁ、まぁ大丈夫じゃないですか? ちょっとしたお仕置きですよ、可愛いイタズラ……ふぁ……そんなことより……眠……」


「ちょっと……帰って来るまでは運んだんだからへやには自分で戻ってよ……? ふぁ……も……限……界……」


「ちょっとまーくん……服着込んだままじゃ……ぬぬぅ……仕方ない、脱がさなきゃ……」


 ベッドに埋まるように寝息を立て始めたマルスの上着を脱がそうとラスティが最後の力を振り絞り這い寄るも眠気には勝てず、半分脱がした所で折り重なるように眠りにつく。


「う……ん? 上着……脱が……なきゃ……う~ん……」


「う゛~暑い~……服着てたら……寝れない……ムニャムニャ……」




 ……翌日、辺境伯邸の使用人が発見したのはベッドの上でもつれ合うように眠るあられも無い姿のマルスとラスティ。

 即座に緊急会議が開かれ、疑惑を晴らすために事情を全て明かさねばならず、結局マルスとラスティはきつ~いお仕置きを受けることになったのであった。

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