伯爵邸探検ツアー
「さて、そんじゃあ潜入しますかぁ」
テイケレッグ邸の正面扉を見据えてラスティが『よし』と脇を締めて気合を入れる、正門前には見張りが二人、様子を見るにそれに加えて巡回警備が一時間毎に巡回をしているようだ。
「それにしても……ここうちより警備厳重ね……ってか巡回も見張りも交代制とか、私当番の日は一晩中一人で警備してんのに……!」
なにやら私情の挟まれた強い眼差しで正門を凝視するラスティ、おやかたさまは『どこもこんなもんだ、なに、すぐに慣れる』な~んて笑ってたけどんなわきゃない、どう考えてもこっちのが正しい、帰ったら労働条件に関してしっかり交渉し直さねば……!
「潜入ってどうやって入るの? やっぱり正面突破?」
「う~ん、殲滅するならそれでもい~んですけどね、今回は大っぴらになっちゃ不味いので……」
ラスティがごそごそと鞄の中から小さな杖を取り出し得意気に宙に翳し、杖先を回しながら呪文の詠唱を始める。
『眠れ眠れ幼子よ……帳は降りた日は落ちた……誘う夢に抱かれ眠れ[睡眠]』
杖から放たれた魔力の波動が宙に浮かびベッドの天蓋の如くに館を包み込む。続いて響いたのは金属のぶつかり合う音、動く者の居なくなった静寂の中、篝火だけがゆらゆらと影を揺らしている。
「よっし! これでオーケー♪」
「お~、全員眠らせちゃったの?」
「これで朝まで皆ぐっすり♪あとはイタズラたっぷりして帰れば任務終了ですよ♪」
「ほうほう、それではラスティさんは一体どんなイタズラをお考えで?」
二人が顔を合わせてニヤリと口角を上げる、館の住人は全員おねむ、こちらに復讐の大義名分あり、この広い館が丸ごと遊び場! なんて素晴らしい! なんと素敵な!
「さてさてそれじゃあ鍵を回収してお邪魔しますかね~♪あれ? どこだ~? お~い、鍵さんや~い」
正門の鍵を探し見張りの兵の懐をまさぐるも肝心の鍵が見当たらない、もしや合図で中から開ける方式か? これは参ったと首を捻るラスティの目に映ったのは構えを取るマルスの姿。
「? まーくん何を……」
尋ねる間もなく手刀一閃、正門の扉がギイと音を立てて傾き、図太い閂がゴトリと落ちる。
「こうした方が早いでしょ? さぁ探検にしゅっぱ~つ」
「うぇ? いや、これ、閂に鉄芯が入って……えぇ……?」
分厚い正門ごと鉄芯入りの閂を両断するマルスの手刀、その切れ味に驚愕しつつ、そういえば組み手の際にも使っていたなと思い立ち背筋を悪寒が走る。毎度毎度躱していたがあれを食らっていたらどうなっていたことか……。
「どーしたの? 早くしないと時間が無いんじゃない?」
「ふぁ? あっ……うんうん! よ~し行ってみよ~!」
頭の中に浮かんだ不吉な光景を振り払い元気よく門を潜るラスティ、待遇改善を……おやかたさまに危険手当ての具申を……! 命の危険を感じつつも思考の中に『世話係を辞める』という選択肢が無いのはどういった思いを抱いての事だろうか?
「わ~っ、なんか色々飾ってあるけど……」
「うわ~……趣味悪い……建築様式と調度品がミスマッチ……それにこの肖像画髪の毛盛りすぎ、見栄っ張りなのねぇ」
広々としたホールには赤い絨毯が敷かれ様々な調度品が飾られている、だがどうにも配置もデザインもミスマッチ、ある意味前衛的な展示とも言えないでもないが時代を先取りしすぎてると言わざるをえない。
「まずはここからいきますか!」
「この銅像もうちょっとこう曲がってた方が良いと思うんだよなぁ……」
メキメキッ
「あっずるい! 私も目をつけてたのに! それじゃあ……この壺! この取っ手は要らないわね」
パキョン
「キュイッ、キュルル?」
ガシャンパリン
「あ~、ヴィルったらお皿割っちゃだめじゃんか。ってお~……この剣の説明……ミスリル? 固いのかな? あっ」
バキンッ
「……普通それ折れないでしょ……あとは、肖像画の絵の具削って……ぷっ! やっぱ後から髪を描き足させてる! 見栄を張るならもっと他のとこにしなさいっての!」
次から次に破壊……いや、リメイクされていく調度品達、やった本人達は満足げだがやる前よりひどい……この光景にあえてタイトルをつけるなら『混沌』だろうか?
「は~っ、やったやったぁ、んじゃ次行きますかぁ!」
「結構良い感じになった気がするね! 次はどこへ……」
満足そうに汗を拭う二人と一匹、と、マルスの腹からくうきゅるると情けない音が鳴り響く。
「あはは、そういや夕飯から結構時間経ってるね」
「ぬふふ~、ならば次の目的地はあれですね~♪」
ラスティが見取り図を取り出し指した先は……。
「う~ん、このチーズ上物ですねぇ、炙って食べたらまた……アチチ」
「こっちのハムも美味しい! 鍋の中のスープも透き通ってて……手間暇かけてるなぁ……」
「キュルルルル! キュウ!」
「ヴィルも気に入ったみたいですね、流石美食でならしたテイケレッグ伯爵、どれも一級品で素晴らしい♪」
食料庫に忍び込んで全てを引っくり返しての大宴会、潜入の真っ只中ではあるのだが食べ盛りの二人と一匹は止まらない。テイケレッグ伯爵の希少なコレクション達があれよあれよという間に胃袋に消えて行く。
「ふぅ、お腹いっぱい! ヴィルも満足できた?」
「キュルル! キュウ!」
「あれれ~? まーくんもうギブアップですか~? あはは、まだまだ食べなきゃ勿体ないれすよ~?」
……ラスティの様子がおかしい、いや、普段から割とおかしいところはあったが輪をかけておかしい、上気した頬に覚束ぬ足取り、間違いない、これは……。
「あ~っ! ラスティ! それ麦酒でしょ!? 駄目じゃないそんなの飲んじゃ!」
「ふぇ? これが? あ~、これシュワシュワしてフワフワしていいれすよ~? むふふ~♪ほらぁまーくんもぐいっと~♪」
あっという間にがっしりと頭をロックされ、頬に感じた柔らかな感触に気をとられたのが運の尽き、ジョッキに注がれた麦酒を開いた口に無理矢理流し込まれる。
「えっ? ちょっ! 待っ……むぐぅ~!? プハッ! ゲホッゲホッ! うぇ~苦い~!」
「うふふ~、この苦さがい~んですよ~♪まーくんったらこ~ども~♪」
「正真正銘子供だし! ラスティもまだ飲んじゃいけない歳でしょ……あっ」
初めての酒にジョッキ片手に上機嫌で踊り回るラスティ、捕まえようと立ち上がるも景色が回り足下が覚束ない……あれ? これ、かなり不味い状態なのでは? 慌てて頼りの綱のヴィルに視線を向けるも……。
「お~っ♪ヴィルも結構イケる口だね~、ほらほらぐいっといってみよ~♪」
頼みの綱は潰えた……、ラスティに合わせ樽を抱えて踊るヴィル。敵地にて泥酔状態の一人と一匹を抱えて自身も酒が回りまともに動けない、これはさっさと脱出せねば不味いことになる!
「ちょっと、ラスティもヴィルもいい加減にお酒はやめて……! 肩貸したげるからもう帰るよ!」
「う~ん? 私はまだまだ飲むぞ~! さけもってこ~い!」
「キュルルルル! キィキィキュウ!」
暴れるラスティとヴィルを担ぎ上げ、ふらつく足取りで外を目指す、もしもこの状態で敵に見付かったら? 魔法で眠っているとはいえ掛かり方には個人差がある、もしも耐性のある魔具や呪物を有していたら……。
「みぃ~つけた」
背後から響いた声に反射的に向き直る、2メートル近い恵まれた体躯に好戦的な目、その手に握る鉄塊の如き大剣をまるで木刀でも振るかのように突き付ける。マルスと目を合わせニヤリと笑うと、逆立つ黒髪を撫でつけ男はゆっくりと剣を担ぎ上げた。




