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おいでませ伯爵領

「全く! どいつもこいつも使えん! たかだか子供一人殺すのにいつまでかかっておるか!」


 テイケレッグ伯爵領領主、ギルケガル・フォン・テイケレッグは苛立っていた、跡継ぎの居ない豊かな辺境領、後妻も養子も取らず枯れて行く辺境領主を見、チャンスとばかりに派閥の根回しに金のばらまき、少しずつ少しずつ辺境領獲得のための布石を打ってきた。

 だがしかし青天の霹靂、今まで跡継ぎに関して何も興味を示さず自領の国家への返納を匂わせていた辺境領主が縁戚の子供を養子に取ったという急転直下。冗談ではない、これまであの地を手にする為にどれだけの布石を打ちどれだけの金を撒いてきたか……。


「ええぃ! 忌々しい! 酒が不味くなる! 今日はもう休む! 片付けておけ!」


 蒼白な顔で頭を下げる執事と対照的に怒りに顔を朱に染めたテイケレッグ伯爵、癇癪持ちのご主人様は今日は特に機嫌が悪いようで……老執事は張り付いた笑顔で見送りつつ『そんなだから頭髪がどんどん薄くなるんだよ』と心の中で呟く。

 機と見るや即行動に移すその姿勢は頼もしいが、相手は大英雄の治めるあの辺境領だ、実際に二十年前の戦争に従軍した訳ではないが昔話や歌に聞くフリードの武勇を聞く限り勝算は主の頭髪並みに薄いように思える。

 ご主人様は『武勇も今は昔のこと、衰えたからこそ弱気になっておる、今につけ込まずしてどうするか』と仰るが果たして本当にそうなのか……。報復されたら御家の一大事にもなりかねない、事態が悪い方に向かねばよいが……。老執事は窓の外に輝く月を眺め深々と溜息をついた。



……



「うっし! 潜入成功! あとは領主館までは一本道~と、さてはてどうやって侵入するかにゃ~♪」


「館の見取り図からだと裏口の他にもいくつかあるよね」


「うんうん、警備がどれだけ居るか分からないから慎重に……って! はあぁ!?」


 テイケレッグ伯爵領の森の中、領主館を望む大木の上でラスティが素っ頓狂な声を上げて肩を跳ね上げる、なぜ? どうして? なんでここにマルスが居るの!?


「はっ? ふぇ……うえぇ? なっ、なん……なんで!?」


「いや~、日が沈んだって言うのにラスティが普段しない格好で出掛けてたから気になって……」


 いや、気になってとは言うが普通こんな所までついてくるか!? テイケレッグ領はマスクル領から近いとは言え馬車だと二日の距離、森人(エルフ)の足であるからこそ木々を足場に危険な森を走り抜ける事が出来ているのだが……。


「どうやってついてきたんです? 森の中魔物だらけだったと思いますけど……」


「いや、普通に走って追いかけて……そういえばここの森! すっごい沢山魔物居るんだね! でっかい突撃猪(チャージボア)千角鹿(サウザンホーンディア)が居てさ、ダグラスさんに頼んで香草焼きにして貰おうかな~」


 香草焼き……魅惑のフレーズにラスティの口中に唾液が噴出する……が、それはそれこれはこれ、マルスの規格外は今に始まった事ではないとはいえ、問題はあちらさんのターゲットがのこのこ葱を背負って……いや、ヴィルを背負って来てしまっている事で……。


「う~……ここから一人で帰れっていうわけにはなぁ……って、どこをまじまじと眺めてるんですか!」


「あ、いや、凄く綺麗な大腿四頭筋だなって、普段スカートで隠れてたけどこんなに綺麗な筋肉を隠してたのか……下腿三頭筋もバランスが取れていて……木の上をあんなに軽やかに飛び回るのはここら辺に秘密があるのかな? はぁ……美しい……」


「ちょっ! 近い近い近い! 女の子の足をまじまじ観察するとか事案ですよ! ってか今はそれどころじゃ……まずは離れなさいっ! ちょっ! 触らないで! 頬ずりするなああぁぁぁあ!」


 普段から容姿を褒められる事の多いラスティ、褒められ慣れていると自分でも思ってはいたがこういうアプローチは初めてでどうリアクションしていいか分からない。対するマルスは完全に筋肉に魅入られておりラスティの抗議も右から左、その膂力をもってして掴んだ足を離さない。


「くっ……この……いい加減にしなさいっ!!」



……



「いいですか? まーくん、婦女子の足には気軽に触れていいものではないのであってですね……」


「はい……申し訳ない……」


 ふくれっ面のラスティに正座で説教を受けているマルス、こんなことをしている場合ではないのではあるが、ここで教育しておかねば(ラスティの)歯止めが効かなくなる可能性がある、それに所構わず誰にでもあんな事をしていたら……その、なんだ、なぜかは分からないが嫌ではないか。


「これに懲りたらちゃんと自重して下さいよ、全く……」


「いや、でも凄く綺麗な筋肉だったからつい……ごめんなさい、もうしません……」


 涙目でラスティを見上げるマルス、何だろう? この背筋にゾクゾクくる腹部が暖かくなる感じ……! ラスティは口角が引き上がりそうになるのを必死で抑えて表情を取り繕う。


「い、いや、まぁたまにはその……っっ、いやいや私は何を……。っそれで! 私が何しにこんなとこまで来てるのか分かってるんですか?」


「いや、全く、森に入ってたから魔物を狩って食べようとしてたのかと」


「いや、そんなことしませんって! 夜は魔物も活性化してんですから危険でしょ! 普通は森には入りませんよ!」


 普通? 普通は入らないのか? 夜の方があちらから寄ってくるから狩りが楽なんだが……マルスがヴィルの方を見やり同意を求めるがヴィルは可愛く首をかしげるばかり。その様子を見てラスティが大きなため息をつく。


「とにかく、まーくんにとっては魔物だけじゃなく危険が一杯なんです! 今まーくんは暗殺者に狙われてるんですから!」


「……? あぁ! 僕が辺境領の跡取りになったから?」


「そう! だから今からその首魁を叩きにいくとこなんです! だから大人しく……」


 ここまで言ってようやく気付く、マルスの表情が悪巧みをしているフリードそっくりに輝いていることに。なんということだろう、よりによってこういう所まで似ないでも……。


「それじゃあ行こうか! 楽しそうだし!」


「楽しそうって……ピクニックに行くんじゃないんですからね……はぁ……」


 溜息をつきつつもマルスを見るラスティの視線は優しげだ、確かに危険はある、だがこの可愛いご主人様が冒険に胸躍らせる姿がとても尊い物に思えるのも事実。しっかり御守りしなければ! ラスティは自らの頬を両手で叩き、そして帰還した際のお説教を想像して改めて大きな溜息をついた。

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