メイドさんオプション
「まったくおやかたさまは調子にばっかりのるんだから~、前にも皆気絶して大変なことになったのに~っ!」
ふくれっ面で廊下を歩くラスティ、彼女の怒りの理由はフリードの短慮というよりはそのせいで延期になったマルスの歓迎会……いや、その歓迎会で出されるはずだったご馳走に向けてであろう。後ろを付いて歩くマルスも責任の一端が自分にもあることから肯定も否定も出来ずただ苦笑する他ない。
「でも、魔力感知で何であんな事に?」
「おやかたさまの魔力は強すぎるんですよ、その上出力絞るのが下手っぴ! だからよわよわな私達は魔力に当てられてイチコロパタリ~ってなもんですよ」
『よわよわな私達』という言葉にマルスの胸にチクリと痛みが走る。フリードを超える為鍛えてきた、努力してきた……だが目標はまだまだ遙か高み……。いくら強くなろうともフリードにとって自分はまだまだそこらの一般人と大差ない相手。挑み、目指した大部分の人間はこれを自覚し、心折れ、そして諦めてゆく……。
だが、マルスの胸には痛みを飲み込む別の感情が渦巻いていた。楽しい、面白い、嬉しい……どこまでも高く超え得ぬ程の相手ならば生涯挑む相手に事欠かないということ。嗚呼なんと自分は恵まれた環境に居るのだろうか! なんて恵まれた時代に産まれることが出来たのだろうか! 目を閉じ、幸福を反芻するマルスの顔を覗き込み、ラスティがその額をノックする。
「もしも~し、まーくん? お風呂場に着きましたよ~?」
「うぇ!? あぁ、案内ありがとう!」
「あらら~? ぼ~っと考え込んでいると思ったらもしかして、ラスティちゃんにお背中流して貰えるかも~とか考えてたり?」
「ふぁっ!? い、いやいやいや、そんなこと……」
慌てて俯くマルスの顎に指を這わせ、跪いたラスティがその翡翠色の瞳で上目遣いにマルスの瞳を覗き込む。
「い~んですよ~? こ~んな美少女が専属メイドなんです、青少年たるものそういう妄想するのは当たり前! んじゃどうしますか~? 今なら添い寝もオプションで付いてきますよ~?」
「けっ……結構です! お風呂も寝るのも一人で出来るから大丈夫!」
弾かれたように風呂場に飛び込んでいくマルスを手を振って見送り、ラスティが可笑しくて堪らない様子で肩を揺らす。
「ふふふ、ちょっとからかいすぎたかな~? まーくん可愛いから私は構わないんだけど……仕方ない、振られちゃったメイドさんはちゃんとご飯分のお仕事はしなきゃですね~♪」
涼しい顔で廊下を鼻歌を歌いながらスキップするラスティ、対照的に風呂場で湯船に浸かるマルスは顔を真っ赤にして今にものぼせそうである。
「むうぅ……ラスティさん僕が子供だからってからかって……! ってかメイドさんなのになんか不真面目というか……メイドさんらしくない……? いや、メイド服は似合ってたけど……」
ふと、脳裏にさっきの悪戯な笑顔のラスティの顔が浮かび、再び熱を帯びた顔を慌てて湯船につける。誰が見ていようはずもないが、なぜか赤面しているのを見られるのは恥ずかしい気がする。
「ふぅ、とりあえず今日は疲れたし早く寝よう、しっかり寝ないと明日もあんな調子で来られたら身が持たない……」
でも、専属って言ってたけど別に自分の事は自分で出来るし何をして貰うんだろ? 鼻まで湯船に浸かり考え込むマルスの脳裏に再びラスティの笑顔と共に声が響く。
『添い寝もオプションで付いてきますよ~♪』
「~~~~っ!!」
再び湯気が出るほどに顔を真っ赤に染めたマルスは、またもや湯船の中に深く深く沈んでゆくのであった。
「……いらっしゃいませ、マスクル邸へようこそ……こんな夜分のお越し……急を要する用件と存じ上げますが面会のお約束はおありですか?」
マスクル邸の広大な庭の木陰、覆面をした二人組がビクリと肩を震わせ声のした方へ弾かれたように向き直る。即座に武器を取り、突然の遭遇にも声一つ発しない……相当な手練れであることがその行動の中に伺える。
「お客様にはお名前と訪問の御目的を記帳頂いているのですが、お願い頂けますでしょうかね?」
武器を構え、臨戦態勢の二人にそのメイドの少女は無造作に歩み寄る。まるでその手の中の白刃が、白刃から滴る病毒が、そこに存在しないかのような、まるで気付いていないかのような立ち振る舞い。今まで屠ってきた獲物達とは違う、異質な存在に焦れた侵入者達が襲い掛かる……が……。
「いけませんね、おやかたさまもおぼっちゃまも今日はもうお休みになられています。こんな夜中に騒がしくしてはいけませんよ? ……あら? お客様もお休みですか? 他のお客様も別室で休んでおられます、ご案内致しますね♪」
静けさを取り戻したマスクル邸の庭には虫の音だけが静かに響いている……。




