魔力感知
「ら……ラスティさん!? あ、ごめんなさいっ! はぐれちゃった上に探しもせずにご飯を……」
「ぬふふ~、大丈夫大丈夫♪どっちにしろ目的地ここだから~♪」
「お前俺が坊主に近づいてるの分かってどっかでサボってたんだろ?」
「チッチッチッ、私はおぼっちゃまがお腹空かせてそうだったからちゃ~んとご飯を食べ始めるのを待ってただけです~」
待っていた……と言うがつまりは何処からかマルスのことを見ていた? おかしい……、森で魔物を狩り続けて四年、生き物の気配を読むのには自信がある。だがどうだろう? 屋敷内を彷徨って居た際、周囲にこちらを観察している気配は無かった、それに観察出来るほど近付けばマルスよりはるかに鋭いヴィルの索敵に引っ掛かるはずである。
「ん~? 納得いかないって顔だね~?」
「あ~、こいつ魔力感知のスキルもってっからな、マーキングした相手なら範囲内に居ればすぐ見つけれんぞ」
「あ~っ! 料理長ひど~い! もっと焦らしながらじっくりからかって教えるつもりだったのに~!」
ふくれっ面で抗議するラスティにダグラスが無言で山盛りの賄い飯をスプーンで掬って口に突っ込む、暫くダグラスを睨んだままだったラスティだが……食欲に勝てなかったのだろう、すぐに皿を奪って笑顔で料理をかき込み始めた。
「魔力感知のスキル……ですっけ? それって僕にも使えるの?」
「ふみゅ? うも~ほほっふぁふぁにゃりゃまひょきゅもひゅうふんありゅしゅひゃいひょうふ……」
「飲み込んで喋れ! 行儀が悪い! ほれ! 水!」
「んぐんぐ……ぷはっ! 大丈夫大丈夫すぐに使えるようになる! おぼっちゃまは魔力も豊富にあるし、見た所魔法を使うセンスがあると見た! 私の目に狂いは無いのだよ~♪」
「センスの有る無しとかどこで見るんでぇ?」
「ふふっ、それは……女の……勘?」
勘? と……なぜ疑問形? どこまでも勢いで生きている駄エルフ……これ以上マルスのエルフ像を破壊してなんとするか……。
「僕にも出来るなら教えてくれないかな?」
「んふふ~、オーケーオーケー、ならばこれから魔法を教えるときは私の事は師匠と呼ぶのだ~おぼっちゃまよ! って……なんかこれだとおぼっちゃまって呼ぶのは違うね~?」
「ていうか僕もおぼっちゃま呼びは恥ずかしいから出来れば別の呼び方を……」
「むむっ? う~む……ならばどういう呼び方か……? マルス……マルス……うん、まーくん! 今日から君はまーくんだ!」
「まっ……まーくん!?」
その呼び方はその呼び方で恥ずかしいが……だがおぼっちゃまよりかはマシ……? 悶々と悩むマルスだが本人がいくら悩もうとも既にあだ名は決定のようである。
「んじゃまーくん、魔力感知のれんしゅ~♪さぁ! やってみるのだ!」
「いやっ、やってみろって……?」
「こぉ~の駄エルフが! やり方も教えねーで出来る訳ねーだろが!」
「? あ~、そうか! んじゃ料理長こないだみたいにあれ持ってきて~」
ラスティの言葉にダグラスが大きな溜息をつき一枚の皿を持ってくる、その中には具材がごろごろ入った美味しそうなスープ……。ラスティがそれをうきうきと受け取りそのまま飲み干そうと……。
「お~ま~え~は~! そのスープで魔力感知を教えんだろーが! 食うな!」
「いひゃいいひゃい! 鼻つまむのひゃめて~っ! 食べないひゃらっ! 話し終わるまでは食べないひゃらっ! あだっ!?」
「ったく……油断も隙もあったもんじゃねぇな……」
仕上げに拳骨を落とされ、頭をさすりつつ渋々皿に向かうラスティ、口の端から涎が流れているがそこは指摘しないのが人情であろう。
「よっと、さて、まーくんは魔力を感じる事は出来るよね?」
「うん、体の中を血液みたいに流れてて……こんな感じに……」
マルスが指先に魔力を集中して光の玉を作り出し、ダグラスがそれを見てほぅと声を漏らす。この歳で指先に光球を作り出す程の緻密な魔力操作、これ程までの力を持つのは万人に一人も居ないであろう。
「言ってみればその内面に向けている意識を外に向かって解き放つ! みたいな? そうねぇ、例えるならこのスープの中心のお肉がまーくん、周りの具材が他の人ね」
「師匠……僕を肉に例えたからってこっち見て涎垂らさないでよ……」
「ふぇっ? あはははは……ま、まあ、そんでお肉を持ち上げて落とす! そしたら波紋が広がるでしょ? この波紋が放出された魔力、んで他の具材に当たった波紋が歪んだり戻ったり……これを感知するのが魔力感知♪」
理屈は分かる、魔力を所謂レーダーやソナーの類いのように使用するのだ。確かに今までにも周囲の魔力を感じた経験はある、例えばヴィードラ、例えば黒羆、例えば地竜……。
心躍らせる強敵との邂逅の際には必ず大きく濃密な気配を感じていた。恐らくあれは他者の魔力を感じていたのだろう、ならば放出された魔力を感じる素地は出来ている、あとはその範囲を広げていけば……。
「……ぐっ……ぬぬぬぬぬ……う~ん……」
「おっ? おぉ~! その調子その調子~! そのまま感知範囲を広げて広げて!」
魔力の放出は出来ている、だが、一点集中の攻撃魔法に比べ全身から放出する事のなんと難しいことか……。まあそれも当然、体内を流れる魔力には手や口のように出口になる場所があり、そこから放出するのは容易だがそれ以外となるとそうもいかない。
感知の範囲を全周に広げるには漏れ出やすい大きな魔力孔を閉じつつ小さな魔力孔をこじ開け、更に放出する魔力の調整までしなければならない。魔力感知が高等技術と言われる由縁である。
「うぬぅ……っっ……近くに三つ……師匠とダグラスさんとヴィル……あとは……? なんだ? 外に何か……いや、誰か? なんか皆の魔力がぶれて二重に……?」
「お~っ! もうそんなところまで! やはり私の目に狂いは無かった! そんじゃそのままキープキープ! 今の感覚を体に教え込むのよ~」
キープと簡単に言うが範囲と出力のバランスを取るのは至難の業、気を抜くと出力過多で魔力が暴走してしまう……頭に浮かぶは懐かしき血達磨になったトーマスの姿……。よもや自分もあんな姿になるわけにはいかない……。
「くっ……ぬぬ……あ~っ、もう駄目!」
「あ~、もうちょいキープしときたかったなぁ~、惜しい! まぁでも初回でここまで出来るのは凄い! まーくん魔法使いの才能あるよ~!」
「あはは……魔法の才能……ねぇ……」
興奮状態のラスティに曖昧に笑うマルス、魔法の才能……才能があるのは嬉しい……だが当方戦いでは拳のみで語り合いたい主義、果たしてその才があっても使いどころがあるやら……。
ひとまず魔力感知の基礎は分かった、どうやら感知時の気配の大きさはその人物の内包する魔力や戦闘力を総合したものを感じるらしい、だとしたら先ほどの魔力が重なったようなブレは……? 悩むマルスが首を捻る中、疑問の回答が扉を開ける。
「う~、ダグラス、いつものを頼む……!? ま、マルス! どうしてここに!?」
扉を開き食堂に入ってきたのは疲労困憊な様子のフリード、なるほど、先ほどの反応は魔力が重なったように……ではなく実際フリードの魔力に皆の魔力が覆い隠されていたのだ。感知範囲内に収まらぬ程のフリードの魔力……一体どんな出鱈目があればこんなことになるのか……。
「ま~た書類に頭パンクさせられてんのか? ほいよ、ホットチョコレート砂糖マシマシ、マシュマロも浮かべといたぞ?」
「ご、ごほん! ははは、嫌だなぁダグラス。『いつもの』と言えばブラックコーヒーだろう? 間違えて貰っちゃ困る」
「! そーそー、いつもは濃っっゆ~~いエスプレッソだもんね~♪料理長早く早く~♪」
ニヤニヤと笑うラスティにダグラスも意図を気付いたのだろう、名残惜しく伸びるフリードの手からホットチョコレートを奪い去り厨房の奥でなにやらガサゴソ……。
マルスの前では格好良い父親でありたいとする涙ぐましい演技、だがマルスは知っている、クラッヒト邸でフリードがコーヒーを飲む際には事前にティースプーン山盛り四杯の砂糖が入れられていることを。だがそれを指摘してしまうほどマルスも無粋ではない、それが例え敬愛する父上を苦しめることになろうとも……。
「ほいよ、いつもより濃~~~く淹れておいたぞ、これ飲んでシャキッとしとけ」
「ぬぐっ……うぅ……」
カップを受け取ったフリードが助けを求めて彷徨う視線がヴィルの視線と交差する、が、ヴィルが何を出来ようはずもなく首を傾げて肉を貪るばかり……。やがて覚悟を決めたように息を吐き、一息にコーヒーを飲み干したフリードが地獄の鬼も逃げ出しそうな表情で天を仰ぐ……。
「格好つけるのはい~けど無理しちゃ体の毒ですよ~」
「ぐ……ゴホン! む、無理などしていない! そ、それはそうと……お前達なんで食堂に居るんだ? 案内は終わったのか? というかラスティ、なんだスープの皿を抱えて、また食事をたかりに来てたのか?」
「たかりじゃありません~! これは労働の正当な対価です~! それに毎日六食きっちり食べなきゃお胸と背中がくっついちゃいますよ!」
「普通つくのは腹と背中だろうが、飯を食うなとは言わんが食ったからにはきっちり仕事はするんだぞ?」
「ちゃんと仕事してます~、今だってちゃんとまーくんに魔力感知を教えてたんです~」
ちゃんと教えてくれていたのは確かだがいつの間にか皿の中身が空になっているのは気のせいだろうか? なんにせよラスティの旗色が悪いのは確か、ここは話題転換で助け船を出さねば。
「そういえば父上は魔力感知はされないのですか? 狩りの際にも使われてなかったようですが……」
「あ~、おやかたさまのは感知というか……」
「お~、マルスは実践が見たいのか? よしよし、父上に任せておけ!」
「ちょっ……っっ! おやかたさま待っ……っっ!!」
言うが早いかフリードの纏う魔力が質を変え、周囲の空気が変化したのが感じ取れる。魔力感知だけのはずだがラスティのこの慌てようは尋常ではない、一体何が……とここまで思考したところでマルスの意識は闇に落ちる。
マスクル家の住人使用人含め八十名、全員が意識を取り戻すことが出来たのは二時間程後の事だった。




