大英雄と小さな英雄とメイドさんと
「うわぁ……凄いお屋敷ですね……」
「ははは、これからここに住むんだから迷子になるんじゃないぞ?」
辺境伯フリードの治めるマスクル領、クラッヒト領の倍の領土を治めるフリードの屋敷はその家格を顕す通りの広大さである。
大英雄の元で働きたいと憧れる人々の士官を願う申し出は毎日途切れる事が無く、お抱えの建築士達の悪ノリにより我らが英雄に王宮並の屋敷をという建築計画が持ち上がりフリードが王宮より豪奢だなんてとんでもないと慌てて止めたとの逸話もあるが……なるほど、屋敷内を見回すとその計画の一端がそこかしこの装飾に残っているのが見て取れる。
と、屋敷の装飾を眺めるマルスの元に一人のメイドが駆け寄ってきた。
「あっ! おやかたさまお帰りなさいませ~! そちらがマルスおぼっちゃまですね、私メイドのラスティと申します、よろしくお願いしま~す♪」
おっとりとしてそれでいて軽い喋り方、翡翠色の瞳に後頭部で一纏めにした銀髪、身長はマルスより頭一つ大きい程、年の頃は二、三上といった所だろうか? メイド服がよく似合う優しい笑顔の少女……だが一際目を引くのは……。
「尖った耳……エルフ……?」
「あら? おぼっちゃまはエルフをご存知なんですね、そうですよ~、森の民のエルフですよ~♪」
エルフ、森と共に生き、世界樹と呼ばれる巨木を護り悠久の時を生きる神秘的な少数民族、存在を知ってはいたが実際に見るのは初めて。森を出ず、世俗に関わらず、森の国ユグドラシルに篭もる謎多き民……。そんなエルフがなぜここに……?
「今日からラスティがお前の専属メイドだ、年もそう離れてないし話も合うだろう、丁度いいから屋敷を案内して貰うといい」
「伯父……いや、父上は?」
父上と呼ばれフリードが思わず頬を緩めそうになり、慌てて眉間に皺を寄せて取り繕う。少なくとも人目がある場では大英雄としての態度は崩せない、名声というものも時と場合によっては煩わしいものである。
「私は残していた仕事があってな……急ぎの物もあるから暫く動けんのだ」
「おやかたさまぼっちゃまが来るからってお仕事そっちのけで準備してましたもんね~、毎日毎日そわそわうきうき……おやかたさまも可愛いとこあるんですね~♪」
「んなっ……そっ! それを言うな! ゴホン! そういう事で私は仕事がある、ラスティに色々教えて貰いなさい!」
ラスティの暴露にフリードが耳まで真っ赤になり慌てた様子で退散する、普段厳格なフリードの新たな一面を見てマルスは自然と顔がほころんでいた、跡取りとしてやむなく……ではなく本心から自分を歓迎してくれているのを感じ取れたのだ。
「そ~そ~、子供はいつでも笑顔が一番ですよ~♪そんじゃ案内していきましょっか、どこに行ってみたいですか~?」
「あ、いえ……お、おまかせします……」
前傾姿勢で顔を近付けてくるラスティに思わず後退るマルス、顔! 顔が近い! しかもなんかいい匂いするし……それにそんなに前傾したら谷間が……!
というかエルフという種族は森の中で清貧な生活をしている影響か、なんというか……慎ましい? 体格をしているとダリスから聞いたことがある……だがこの慎ましさとは無縁のワガママボディーのなんともけしからんこと……健全な青少年の目には少々毒ではあるまいか?
「ぬふふ~、恥ずかしがっちゃって可愛い~♪心配しなくても取って食べたりしませんよ♪」
「からかうのはやめてよ、あ、そうだ! ヴィルはどうしたらいい? 玄関に一緒に入っちゃったけど……大丈夫?」
「こちらが聖獣様ですね~、ヴィルちゃんってゆ~んですね、可愛い~! まぁ、いいんじゃないですかね? 可愛い~から誰も文句言いませんって!」
可愛いから……それを基準にしていいのだろうか? まぁこの屋敷を管理している人間が言うのだからそうなのだろうか? 幸いヴィルは意思の疎通も取れるしやっていけないことの判断も出来る。室内でいつも一緒に居られるならそれにこしたことはないのだが……。
「大丈~夫大丈夫♪叱られたらその時考えたらい~んです♪さあそれじゃぁ探検にしゅっぱ~つ! はぐれないで下さいね~♪」
何か策があるのかと思えば行き当たりばったり無計画……。笑顔で行進するように腕を振り先導するラスティを眺め、マルスはエルフという種族に抱いていた幻想がガラガラと崩れ去ってゆくのを感じていた……。




