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出会いと別れ

『ふ~む……大分筋は良くなったがまだまだだのう……』


 大の字で湖畔に転がるマルスを眺めてヴィードラが大きく息をつく、二人の愉快な初対面から三年、毎日のように聖域に通い詰めるマルスはめきめきと力をつけているが未だヴィードラに軽くあしらわれている。

 とは言え以前は触れることすら叶わなかったヴィードラに対し最近は攻撃を掠らせる事が出来るようになり、先日などはヴィードラの攻撃を真正面から受け止め反撃するほどの耐久力(タフネス)を見せた、成長著しいマルスに会うことが今ではヴィードラの楽しみにもなっているのだ。


「はぁ……やっぱヴィードラは強いや……」


『ふふふ……我も末席とは言え神の一柱、そうそう人の子に後れは取らぬよ』


「むぅ……せめて魔法を使わせるとこまではもっていきたいなぁ……」


 毎度毎度マルスに付き合い素手喧嘩(ステゴロ)勝負に興じているヴィードラだが実は魔法の方が得意である。屋敷にある文献を調べ、大地を割り天候を操るヴィードラの伝説を読んだマルスが、以前に魔法を使用した立ち合いをねだったが危険であるという理由から断られている。


『前にも言ったが我を魔法を使わずを得ぬほど追い詰めれば良い……それにおぬしは魔法の素養がある、それこそ大魔導師でも賢者でも何にでもなれるほどのな。おぬしが魔法を使えば我を追い詰めるも夢物語ではないやもしれぬぞ?』


「う~ん……魔法かぁ……嫌って訳じゃ無いんだけど……僕が欲しい強さってそういうとこじゃないんだよなぁ……」


 じゃれつく三兄弟の腹を撫でてやりながらマルスが考え込む仕草を見せる。事実、以前の魔法特訓で示された通りマルスには魔法の素養がある、並の魔術師では太刀打ち出来ぬほどの豊潤な魔力に前世の知識による事象に対する正しい理解。

 異世界転生特典として付与された能力と言われれば納得の性能であるが、マルスはあれ以来頑なに魔法を使用しようとしなかった。


「確かに魔法って凄いし簡単に山を吹っ飛ばしたりとかだって出来るよ? でもなんか……う~ん……こう、味気ないって言うか何というか……」


『山を吹き飛ばす程の魔法というのも普通ではありえんのだがな。だが……分かる気はするな、やはり戦うなら互いの拳で肉迫してこそ、血潮湧く戦いの中に生まれる高揚感というものは何ものにも替えがたい……』


「出来ることなら魔力循環も使わずにやっていきたいんだけどなぁ……」


『ははは、それは無理じゃの、知ってしまった以上は魔力が体内に流れることは止められぬ。それに循環せぬ魔力は毒になる、循環による身体強化は誰しも行う強くなるための基礎であり魔力の暴発を防ぐ予防策だ、それ以上に同じ土俵で戦うのは相手に対する礼儀でもあるぞ?』


 人も獣も誰しも大小あれど体内に魔力を内包しており、その流れを知覚する事で肉体を強化する事が出来る。ヴィードラに指摘されるまでマルスはそれに気付いておらず、魔力の流れが解放された後はヴィードラが驚く程の能力の向上が見られた。

 まぁ、本人は自身の努力に依らぬ物としてその力を素直に喜べなかったのだが……しかしヴィードラの『おぬしの尊敬する伯父も使っておる技術であるぞ?』の一言に渋々現状を受け入れている。

 それにしても、通常魔力循環や魔力の流れの解放などについての教育は物心ついた頃に家族が行うものだが、マルスの余りの規格外さに『既に解放されている』と皆に勘違いされていたのは何とも笑えぬ逸話と言えよう。


「それでさ、今日はちょっと話があるんだ」


『? どうした?』


「うん……それが……伯父上がさ、うちに養子に来ないかって……」


『ほぅ、貴族の三男坊が辺境伯家に養子にか、大出世ではないか! よかったな!』


 一瞬驚いた顔をしたヴィードラだが、すぐに嬉しそうに顔をほころばせマルスの頭を撫でてやる。だが、憧れの伯父上の所に行けるというのにマルスはどこか浮かない顔をしている。


『なんだ? 嬉しくないのか?』


「嬉しいよ? すっごく嬉しい、けどさ……」


 消沈したマルスの様子にヴィードラが察する、そうか……マルスは我々と離れるのが寂しいのだ、我も神として生きて数千年……思えばこんなにも親しく、気の置けぬ仲になった相手など神族の中にも居なかった。悲しむなマルスよ……寂しいのはお主だけでは……


「……負け越したまま行くのが納得いかなくて……」


 ……えっ? そっち?


『……くっ……くくく……ぷはははははははは! まっ……マルスよ……くく……おぬしは全くぶれぬやつよの! ははははははは!』


「笑い事じゃない! 僕のプライドの問題! それに折角仲良くなったのに寂しいじゃんか! この毛並みも肉球も無い生活はもう考えられないよ!」


『いや、本当におぬしは面白い、ふふふ……心配せずとも我はいつでもここにおる、神威を得たおぬしならばいつでも来られる。その伯父の元で修行し強くなってまた戻ってこい、我はいつでも待っておる』


 涙目でじっと堪えているマルスを心配し寄り添う三兄弟、その様子を見てヴィードラが愛おしくて堪らないという様子でマルスの頭を撫でる。


『我等と違いお主ら人間の命は短い、だが、この地に縛られる我と違いおぬしはどこにでも行ける。だからマルスよ、おぬしの両の眼で見たものを次に会うときに聞かせておくれ、様々な経験をし、様々なものと関わり、天下に轟くおぬしの偉業を聞かせておくれ、我々はおぬしの成長が楽しみなのだ』


 ひとつ、ふたつと湖面に波紋が広がる、声をころして肩を揺らすマルスの頭をヴィードラはずっとずっと撫でていた。

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