【特別篇】光と闇:両方の秩序とも失われた〈魔都〉
【特別篇】光と闇:両方の秩序とも失われた〈魔都〉
20年の長い歴史を持つ〈エルダー・テイル〉は、インターネットのサイバー空間の典型的な例とも言え、一つ言わざるを得ないものは、チートコード、あるいはボット(Bot)である。その出来る事によって分類すれば、大体3つの世代があるという。第1世代は、マクロのコマンドによりマウスのクリックなどの操作を自動化させるプログラムで、これは一番簡単で、インタラクション機能がない、また、ゲーム画面から情報を取得する機能もない。単にマウスのクリックやムーブ操作を自動化させるのである。第2世代は、ゲームプログラムとのインタラクションが出来て、画面や伝送されたデータストリームの中にBotのPCのHP、MP、ステータス、モンスターの位置といったデータ情報を得て、反応動作を行うという。例えば、モンスターを狩り続けるか、あるいは街へ戻って回復行動を取るか。原作9巻にも登場したコッペリアは、典型的な第2世代機能のBotである。その中には、サードパーティーのデータベースに接続し、他の情報(例:天気情報)を得る機能を備えたものもある。
これから説明していくのは第3世代のBotで、〈冒険者〉(リアルのプレイヤーキャラクター)とインタラクション可能なプログラムである。第3世代のBotの開発背景といえば、資金回収Botを利用して、稼いだお金をプレイヤーに販売することは、常にゲーム内通貨(貨幣)の為替相場の変動リスクがあり、プログラム自体が誰でも実行できて(プレイヤー自身も実行できる)、闇経済グループという形で資金回収Botを利用しても優位性がほぼない、といった不安定の要素を、それらのBot闇経済の産業会社が意識してきた。しかも、このような闇経済産業は常に違法リスクがあるという。そのため、技術的優位性があり、ある種のサービスとしてプレイヤーさんに提供できるという形のBotを、闇経済の経営者が開発し始めた。例えば、付き添いBotである。
ソロプレイヤーや、人との付き合いが苦手なプレイヤーや、少人数グループに属するプレイヤーなどの人々にとって、知り合いのプレイ時間と違い、一緒にプレイしてくれる知り合いがいないのはよくある状況だ。一部のBot闇経済のグループはこのようなサービスを提供し始めた。モンスター狩りに行く時、あるいはハードルが高くないダンジョンに行く時といった適性の良い職業との協力作戦が必要とする時、それらのプレイヤーはゲーム闇経済のグループが提供する「付き添いBot」というサービスの申込みができる。これらの経営者のウェブで申込みをして、あるいはゲーム内の闇産業カスタマーサポートBotに申込みをして、メイン職業、レベル、種族といった情報を指定し、注文すれば、その注文に応じて、闇経済の経営者側はプログラムにより自動的に付き添いBotキャラクターを派遣し、注文したプレイヤーのパーティーに加入させて、プレイヤーに付き従わせて、戦場へ行かせる。プレイヤーが〈エルダー・テイル〉ゲーム内で「R9831:戦闘モード」、「R1332:フォローモード」、「R7709:護衛モード」といった文字列(前半はBotの名前で、後半はコマンド)を入力し、Botキャラクターに送信すると、Botキャラクターをそのような行動を取らせることが可能となる。そのほか、「キラキラモード」というBotキャラクターを直接に戦闘に参加させなくて、ただ注文したプレイヤーの隣で(スキルまたはアイテムを使って)、花や光、拍手、ハートマークなどの様々なキラキラなエフェクトを実行させるコマンドもあるという。このモードは、恐らくただ他のプレイヤーに「自分がお金持ちよ!」ということを誇示するためだろう。
勿論、誰でもこれらのBotキャラクターに対して「R9831:戦闘モード」というコマンドを入力すると、相手が反応してくれる訳ではない。コマンドを受ける時に、Botはまず入力したプレイヤーの名前をチェックし、そのプレイヤーは(Bot闇産業者側の)データベースに記録された消費者であることを確認し、そしてBotサービスの必要とする支払い方法の有効性も確認するという流れがある。言い換えれば、Bot〈冒険者〉は自分の「御主人様」(注文したプレイヤー)を識別することが可能である。クレジットカードや他の支払い手段の登録手続きが必要なので、このようなBotサービスは今でもニッチで、高価な闇産業のサービスである。ソロプレイヤーや見せびらかすことが好きなプレイヤーのほかに、トップクラスの生産系プレイヤーたちもこれらのBotを「雇用」し、人によって沢山Botを雇用する事例もあるという。トップクラスの生産系プレイヤーは、大量な基本的な素材を収集し、中間製品を製作し、これによってより高いレベルの生産系スキルを磨く。そのため、大量な素材が不可欠な物となる。マーケットには多量で手軽い金額の素材がない場合、一部の生産系プレイヤーが沢山Botキャラクラーを雇用(注文)し、パーティーで素材狩りに行かせるという。
聞くところによると、AI(人工知能)と自然言語処理機能を搭載した第4世代のBotプログラムの開発とテストも進行中で、ある程度プレイヤーの念話を理解できて、そして念話で返信する機能である。つまり、原作のコッペリアのセリフ「治療をご所望デスか?」のような応答機能は、すでに〈真穿事件〉の前にも、第4世代Botで一部実現させたのである。
〈月笙〉は、まさにこのような技術先端を走る闇産業のテクノロジー企業の一つで、プレイヤーギルド〈月笙〉はその企業が〈エルダー・テイル〉ゲーム内で設立したギルドである。過去約十年間、この会社は〈エルダー・テイル〉での資金販売をサービルとして、闇経済の対象となる顧客層を確保した(利用したプレイヤーたちの個人情報とクレジットカードといった情報を蓄積した!)。近年、第3世代Botを投入し、Botキャラクターによる冒険付き添いサービスを提供し始めた。
〈大都〉を本拠地とする〈月笙〉は、ほかのプレイヤー都市の闇産業の企業との間、裏に何かの協定を結んだようで、通常、自分の本拠地以外の地域(プレイヤー都市)へビジネスを拡大しないということだ。〈エルダー・テイル〉にくっ付く〈月笙〉は、〈大都〉の経済秩序の一つの土台になるとも言える。長い間の資金回収によって、〈月笙〉は 想像以上の量の金貨を保有している。噂によると、〈月笙〉の建物の奥には巨大な貯蔵庫が存在し、山ほどの実物の金貨が積み上げていて、〈供贄一族〉の保有数にも匹敵するぐらいという。〈月笙〉はウェブサイトで需要のある〈冒険者〉に金貨を販売し、Botにより自動出荷を行う。
〈月笙〉が簡単な銀行(金貨販売)機能というサービスも提供している。勿論、この「銀行」は〈エルダー・テイル〉ゲーム内の銀行と違う、身分が確認されたプレイヤーが〈月笙〉ギルド建物に入館可能で、そちらのBotキャラクターと会話すると、Botが自動的にバックグラウンドデータベースでチェックし、クレジットカードのオートチャージ機能が登録した対象者であれば、その会話のコメントで指定した金額の貨幣を提供し、それと共に、注文したプレイヤーのクレジットカードでその時点の為替レートで決済を行う。その流れによって、現実世界の貨幣と繋がっているゲーム仮想通貨の自動販売システムが立ち上がった。
そのギルド建物は〈月笙館〉と呼ばれ、地球世界の上海の「新楽路82号」に位置する建物に相当する。
(日本語読者への説明:このギルドの名前は、1930年代頃、上海で活躍していた暴力団のリーダーである「杜月笙」氏の名前に由来し、この住所も当時杜月笙氏の建物である。)
〈エルダー・テイル〉に依存する闇産業グループとして、〈月笙〉は信用を守って、ゲームの雰囲気を維持すること重視する。ゲーム内の経済への悪影響を与えないように、〈月笙〉は金貨を多量に投げ売りをすることを避けて、また、プレイヤーの狩り体験に対して悪影響も与えないように、人気の狩場にはBotを派遣しない方針をとっている。かつて、〈エルダー・テイル〉のアップデートで、バグのあるレシピが実装されてしまった時、〈月笙〉は関連素材を多量に購入し、封をして保管した。これで、バグによってゲーム内経済への悪影響を最小限にした。公式の華南電網公司によるバグのレシピの直しはその5時間後のことである。これは公式に貸しがある事例とも言えるだろう。このことは、アタルヴァ社へ提出されたバグに関する報告書にも書かれているという。華南電網公司にとって、〈月笙〉のような闇の存在は、資金回収、金貨販売そしてBotキャラクターの派遣によって、公式の一部の利益を分割されたというデメリットがあったとしても、一方、ゲームをする時間が少なくて、ゲーム通貨を買いたいという社会人プレイヤーを引き止めるメリットがある。公式とこの闇産業グループとの関係は、ある種の寄生関係や共存関係とも言えるだろう。
〈真穿事件〉後、華南電網公司がプレイヤー(〈冒険者〉)たちの前に姿をあらわすことがない。一方、〈大都〉を本拠地として、「影の銀行」、「Bot派遣センター」などと呼ばれる〈月笙〉も、バックグラウンドシステムとの繋がりが途切れた。〈冒険者〉には、Botメイドチームを動員し、危険なエリアへの調査へ派遣させべきと考える人もいるし、また、噂でその公式にも匹敵する莫大な資金を覬覦する人もいる。その建物の庭を眺めると、廃墟の中に、〈月笙館〉にはダークオレンジ色の光がぼんやりとしていて、その中には、メイド服のBot〈冒険者〉たちが整然と列をなし、御主人様(登録会員)の帰宅を待っているようだ……




