16 ふたりで育てますか
「なんて……、ちょっと休憩しましょうか。葉摘さんヨロヨロしてるし……」
コウさん、空気を読んでくれてありがたいけど、一言多いよ……。
私の歩調に合わせて、コウさんはゆっくり歩いてくれている。私たちは、日陰にあるベンチをみつけて移動した。
そこに私を座らせると、コウさんは私の希望を聞いて、近くの売店で氷無しのウーロン茶を買って来てくれた。
「ありがとうございます。ごちそうになります」
「いいえ」
コウさんから蓋付きの紙コップに入ったそれをひとつ受け取る。氷無しでも、十分冷たかった。ストローから一口飲むと、水分が体中に染み渡る快感があった。
いつものウーロン茶がこんなに美味しく思えるのは、ただ喉が乾いていたからだけ? 遊園地の喧騒の中にいるのに、この寛いだ気分はどうしてなんだろう?
きっとコウさんと一緒にいるからだ。
ふたりで無言で喉を潤す。
隣に座っているコウさんの視線を感じて、急に息苦しくなった。矢坂さんに対して抱いていた想いより、いつしか近くなったコウさんへの想い。自分をもう欺くことはできない。
私は、コウさんのことを……好ましく思っている。
「葉摘さん……」
「はい?」
「もしかしてトイレ?」
「……っ!」
「あれ? 違ったかな。なんか、虚ろな目してたから」
虚ろな目って。
あまりに見当違いなコウさんの分析に、ふき出して笑ってしまった。
「ごめんなさい。ぼーっとしちゃって。これ飲み終わったらトイレ行きます」
「あそこです」
コウさんが、すかさず指をさして教えてくれる。見つけておいてくれたみたい。
Sサイズであってもコップ一杯のウーロン茶を短時間ですべて飲み干すのは苦労する。冷たい飲み物は、すぐお腹いっぱいになってしまうから。でも、次はお化け屋敷だし、持ち歩く訳にもいかない。無理やりでも飲み干すしか。
「ウーロン茶、余りますか?」
「あ、えっと。うん。少し多かったかな」
「もういらないなら、下さい。オレ、自分のはもう飲んじゃったんで」
「え? これ飲みかけで……」
私が戸惑っている間もなく、コウさんはサッと私からコップを奪うとストローのついてる蓋をカパッと開け、コップのふちに口をつけて豪快に勢い良く飲み干した。
「!」
「変な所で悩まなくても大丈夫ですよ」
「だって……」
飲みかけなんて……親密な関係でもないのに渡せない。
色々と不都合があるじゃない。
「そこがオレには、まあツボなんですけどね」
「ツボ?」
「可愛いってことです」
かわいい!? 私の年齢覚えてますよね。
言い慣れてる?
思考回路が熱でショートするっていうのは、こういうことを言うんだ。頬が一気に熱くなってコウさんの顔が見られない。
目だけは乾燥に耐えかねて勝手に瞬きをした。
「じゃあ、オレ先にトイレ行きます。葉摘さんもゆっくりどうぞ。このベンチで待ってますから」
「は、はい……」
喉から声を必死に絞り出したので、掠れてしまった。
コウさんは立ち上がると、ふたり分のウーロン茶の紙コップをゴミ箱に捨てながら、トイレへ行ってしまった。
ベンチにひとりになり、大きく息を吐いた。こんなドキドキして心臓に悪いデート、したことない。
悩みを相談するためだけなのに。
トイレから出てベンチの方を見ると、下を向いてスマホを熱心に見ているコウさんがいた。バランスの良い体躯、スッキリした顔立ちでモテるタイプだと思う。横顔も整っていて、本当に人気のホストだったんだろうなあと思う。
「ぱぱー!」
え?
二〜三歳くらいの、髪を耳の上にふたつに結んでいる小さい女の子が、トコトコとコウさんに駆け寄るのが見えた。
その声に、コウさんが顔を上げた。
それと同時に女の子の動きがピタリと止まった。コウさんが困ったような表情を女の子に向けたのは一瞬で、すぐに穏やかな笑顔になった。
「……きみのパパはどこかな? どれどれ」
そう女の子に優しく話しかけている声が聞き取れた。
コウさんは両手を双眼鏡のように形作って目に当て、周囲を見回している。
「れな! すみません、間違えてしまって」
すぐその子のお父さんらしき男性がやってきて、コウさんに頭を下げていた。確かに、服装と髪型がパッと見コウさんに似ていた。下を向いていたので、小さい女の子には見分けがつかなかったようだ。
「ぱぱ〜!!」
女の子は、お父さんに手を伸ばしてしがみついた。抱き上げられると、女の子は小さい手をコウさんに振っていた。
「パパが見つかって良かったね」
男性はコウさんにもう一度会釈すると、後方でソフトクリームを手にした女性の方へ戻って行った。
視線をコウさんに戻すと、まだ双眼鏡ごっこを続けている。
コウさんて実はひょうきんな人なの?
私を見つけたと言わんばかりに、左手は目に当てたまま、右手をこちらに大きく振っている。
「いたいた、葉摘さん!」
「……お待たせしました。ふふっ、可愛らしい間違いでしたね」
私はゆっくりとベンチに腰掛けた。
「いやー、心臓バクバクでしたよ。あのこ、オレ見て、もう泣きそうだったし。パパじゃなかったんで驚いちゃって。だから、とにかく怖がらせちゃいけないと思って咄嗟に双眼鏡……」
「すごく落ち着いて対応なさっているように見えましたよ」
「全然。小さい子は身近にいないから、緊張しましたよ。〈きみ〉とか言っちゃったし。でも、泣きそうな顔もマジ可愛かったなあ」
目尻をさげて柔らかく微笑んでいるコウさんを見て、胸の奥がチクっと傷んだ。
「瑠伊さんのお子さんも、きっと可愛いですよ。楽しみですね」
「うん。アネキ、来年の出産の時は四十二だし、とにかく無事に産まれてくれるといいなあ。オレ、ヒロさんより確実に神経質になりそう。葉摘さんも、アネキより絶対良いお母さんになると思う。もう、ふたりで育てますか」
「え……」
ま、待って。四十二って。
え? 瑠伊さんて、私より年上だったの!?
それとなくコウさんに確認すると、聞いてなかったの? 食いつくのそっち? と笑われた。