苦痛体験─溺れる─
重い。苦しい。冷たい。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
際限なく積もる埃にも似た濁った不安と焦燥が、僕を急き立てる。
腕を振るう。空を蹴る。それでも、沈み行く感覚は和らぐことはなく、ひどくゆっくり、実感を刻み込むように、ゆっくりゆっくり、暗い何処かへ沈んでゆく。
やがて光も消えて、がむしゃらに藻掻いていた手足も碌に動かせなくなる。
ぎしぎしと体が軋む音が聞こえるようだった。普段なんの音も聞こうとしない聴覚が、こんな時に限って僕の絶望を煽る音ばかり拾い上げる。
嫌いだ、嫌いだ、大っ嫌いだ。噎せ返るくらいに腹の底から溢れ出て来る嫌悪の矛先を未だ定められないまま、目の前の黒よりも暗い闇を見る。
それは寸分の光も差さなくなった本当の暗闇なのか、僕が目を開けられていないだけなのか、視力を失ってしまったのか、知るすべは、今の僕には無かった。
いずれにせよ、分かった所でこの苦痛から逃れられるわけではない。不安が消えるわけではない、焦燥が失せるわけではない。たかが暗闇だ、絶望に絡めとられた僕を貶める一要素でしかない、暗闇だ。あってもなくても同じことだ。
──もう嫌だ。苦しい。嫌だ、嫌だ、苦しい、苦しい、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
あ。
ああ。ああ。あああああ。ああああああああああああ。あああああああああああああああああああああああああ────。
「薬缶、鳴ってるよ」
後頭部を軽く小突かれた衝撃と声変わりした様子のない高い澄んだ声が、後戻り出来ないくらいにまで沈みかけた僕の意識を、現実に掬い上げてくれた。
ヘッドバンドを掴んで大音量の音楽から耳を解放し、一人では苦痛から逃れることの出来ない不甲斐なさと、君の声が何よりも鮮明に聞こえることへの不思議が混ざった微妙な苦笑いを浮かべて、君の微笑む顔を見遣った。
「──いやはや、いつものこととはいえ、君の声が何よりも鮮明に聞こえることが、不思議で仕方がないよ」




