物差しの長さは人それぞれ
弥生時代をまとめ終えた次の日の話です。
11月30日(金) 朝 晴れ
「HEY!そこのお嬢さん、一緒に小洒落たランチでも行かないかい?」
「きゃっ!びっくりした~。誰かと思ったらトムじゃない!あなた、いつこの街に帰って来てたの!?も~っ…連絡1つ寄越さないなんて、どれだけ心配したか分かってんのっ!?ケンもムカミも凄く心配してたのよ!………それに……私だって」
「HAHAHA~ッ!ごめんよミミ~。連絡をしなかったのは驚かせたかったのもあるし、それに何より本当に今戻ってきたところなんだ。1番にミミ、君に会えて嬉しいよ」
「そんな調子の良い事言ったって簡単には許さないんだからねっ!………美味しいものご馳走しなさいよ」
「ミミ、ただいま」
「ばかトム……おかえり(小声)」
パチパチパチー。[拍手]
「ねぇ……私は何を見せられてるの?」
原点回帰で初日と同じようにあんバターのホットサンドを食べているミミ、もとい実々が苛立ちを隠しもせずに鋭い視線を浴びせてきた。痛い。
でもって、寸劇に込めたメッセージが伝わっていなかったようだ。酷い。
それらをちょっとばかし恨みがましく思いながらも、首を傾げながら答え合わせをする。
「えー…分かんなかった?みーちをランチに誘っていますよってアピールだったんだけど」
「分かるかっ!」
分かんなかったかー。
敗因はトムの声かなー…。『HAHA~』って笑う時に高校の英語の永野先生になっちゃったから、きっとそのインパクトで会話の部分が霞んだんだ。
みーちの声マネは完璧だから、そこでの失点は無かったはず。それに、ちゃんと泣き黒子の無い左側を正面に向けている時にミミを演じたし。
まぁ、改めてアサキとして誘いますか。
「ほら、昨日で弥生時代が終わったでしょ?図書館も行かなきゃだし、【わたにほ】の文字数が1万字超えたから、ちょっと贅沢しようやってこと。食べに行こうよ~う」
「う~ん……あっ、ト、トムがそこまで言うなら、行ってあげないことも無いけどっ!」
そんなそこまで言ったかな?…いや、言っていない。
それにアサキで誘ったのにトムに戻された。
突然のツンデレ返しは戸惑いますね。
驚きで瞬きを高速でシパシパしてしちゃったし、ジワジワ面白さが込み上げてきた。
ご希望にちゃんと見合った返事をするべく、笑いで緩んだ口で緑茶を1口飲んでから、そっぽを向いて口を尖らせながら不機嫌な顔で毛先を指で玩びつつ待ってくれている人間に、柔らかい表情で低めの声をかける。
「嬉しいな。旦那のいっさんには絶対内緒だぜ?」
「……でしょうな」
「うん……」
……何で一瞬で現実に戻った!?ミミよっ!
そこは『べ、別にトムなんてただの友達としか思ってないし、不倫でも何でも無いからっ!~~~~っばかトムっ!!』って返すとこでしょ!
それともあれか?うちが台詞の選択肢間違えてたってこと?
『ミミとデート出来るなんて光栄だな』って言うのが正解だったの?
でもそれでも『いつも2人じゃん』って素の返答をくらってたかもしれないし……。
誰かっ……誰かっ!モテ台詞の最適解を教えて下さいっ!
うちにとっても、みーちにとってもトキメキに対する経験の浅さが浮き彫りになったモーニングだった。
*****
お昼ちょっと前 晴れ
「みーちは何着て行く、です?」
お腹が少し空いてきたし、メニューを注文してからの待ち時間も計算して、そろそろ出ようと言う話になった。
そこで、部屋着から着替える事になり、同居人に日本語に不慣れな感じで質問をしたのである。
ぶっちゃけ、みーちもうちも姉も母も全員、身長も体型もほぼ一緒なので誰の服を着ても特に問題は無い。しかし、みーちは極めて遺憾な事に高確率でうちの服は避ける。
そんな許しがたい女はクローゼットの中を一通り「う~ん…」と言いながら見渡し、少し逡巡してからこちらを振り向いてハッキリと告げてきた。
「こっちに連れて来られた時の服で良いや」
「えっ?つまんなくない?」
「なんで高々ちょっとの外出に面白みを求めるのさ…。あぁでも、んー…なら下は借りようかな」
保守派なんだから。
折角なら育児で普段着られなくなった膝丈のワンピースとかにすれば良いのに。
みーちが着てたのって何の変哲も無いグレーのパーカーやんけ。
しかし!下は借りると一色実々(30)は言った。
ならば、遊び心を提案してあげるのが姉心と言うもの。
みーちと立ち位置を換え、クリップハンガーに掛けてある青みの強いパープルのマキシ丈のプリーツスカートを手に取り、そのままの流れで振り向き様にみーちに突き出す。さながら某名作アニメの姉妹に自分のボロ傘を無理矢理渡す少年のように。
「んっ!これを着てお行きなさい」
「嫌です。それ着たら私じゃなくなる」
「髪型や髪色じゃないんだから、服で性格変わんないよ。そもそもそんな移ろいやすい性格してないじゃん。……まったく、仕方無いなぁ…ならこっちね」
「これなら良い」
……上から言ってきた。
でもみーちが着ると言ったのは、散々邪険にされてきたうちの服だから許す!
紺色のマキシ丈のチュールスカートでハートを撃ち抜いたなりっ!……でもどうせなら明るい色を着て欲しかったなー。『実はパープルのやつは母上のだよ』って言えば着たのかな…。
まぁでもまた今度トライしよう。
ほぼ手ぶらで神隠しされたみーちは真冬の服を未所持だ!精々与えられた温もりに袖を通すが良い……。
未来計画を練りながら自分の服はちゃちゃっと選び、パパッと軽く化粧をして外出した。
「人にあんだけ『つまんない』って言っておいて、その自分の服装は何なの?」
「テーマがあるから」
足下から天辺までゆっくり視線を移動させながら細目でいちゃもんを付けられた。
だが、笑止である。
確かに黒のスキニーに、みーちとお揃い風にした丈の短いグレーのパーカー、黒のMAー1に黒スニーカー、黒のワークキャップ、黒のリュックの黒尽くしは地味だろう。
でもテーマがあるから。
「テーマってなー…」
「テーマは[夜逃げ斡旋業者の現地視察]だよ」
「……絶対1人で歩いてたら職質受けるヤツじゃん」
「職質受けた事無いから」
いつもと変わらない日常をほんの少し彩ってくれるテーマに感謝。
ちなみに夏に一色家に遊びに行った時のファッションのテーマは[東京から来た独身の年上のお姉さん]だった。
白地にカラフルなボーダーが入ったオーバーサイズのワンピースに、つば広の麦わら帽子、そして真っ赤なネイル!
……あ、今度はみーちに見合ったテーマを考えてコーディネートしよう。うちってばぐっどあいであだわ!
この何とも素晴らしい自分の発想にずっと感嘆し続けても、目的地には交通量の無い住宅街をほぼ歩くだけで着くので、思う存分ウキウキでスキップしながら進んだ。
でも、スキップをすると人間気分はノってくるものなわけで。
「♪~~(前略)おぅそぉ~れおそぅれみぃ~~よ~っ!すたんふろんてあてぇ~すたんふろぉぉぉんっ!てあてぇ~~~っ!」
「本当に止めて。しかも何で【オー・ソレ・ミオ】なの?巻き舌に熱入れ過ぎだし。最初からフルで歌うし……」
「イタ飯をこれから食べるから気持ち作ったんだよ」
「黙って気持ち作れや。それと、イタ飯って多分もう死語だから」
スキップだけじゃ味気無いから歌も入れてあげたのに、とことんつれない人間なんだから。
これは平日の金曜日で道路に人っ子1人居ない、貴重なこの状況を楽しもうと思ったが故の行動なのに興が削がれるってやつですな。
そこからお互いに(空気読めないんだから)と視線を何度も飛ばし合いつつも、歩くのが早い一族なので、あっという間に目的の超リーズナブルなイタリアンなファミレスに到着した。
「いらっしゃいませ~。何名様ですか?」
「「2名です」」
「2名様…?ですねっ!ご案内致します」
2人して指を2本立てながら同時に言ったから、ポニーテールな高校生っぽい店員さんは(4名やんけ)って内心思ったに違いない。
でも、流石はプロ。一瞬戸惑いつつも、笑顔で入口から1番遠い角のボックス席に案内してくれた。
席はみーちが上座、つまりこの店のコーナーを取った。
向かいに座りながら、(……ミ、ミミに譲ってあげただけだからっ!)と内心思ってみるも、実際のところは特に席に拘りはない。
「みーち何食べるのー?」
「う~ん…月見ハンバーグも良いけど、野菜ソースのハンバーグも捨てがたいんだよね~」
「じっくり悩むと良いよ」
みーちはメニューを何回もパラパラ往復させながら悩んでいる。
それを向かいで見守っているうちは、ここに行くと決めた時点、つまり家で既に注文を決めていた。
新商品や期間限定メニューには目がない派だけど、ここに来るとだいたい同じものを頼んでしまう。ある意味、一種の中毒とも言えるかもしれない。
「よしっ!決めた!」
クイズ番組のボタンかのように、向かいの席の一児の母は意気揚々と「ていっ!」と言いながら呼び出しボタンを押した。
まだ本格的に混む前の時間なのもあってか、ものの数秒で先程のポニーテールな店員さんが現れた。仕事熱心で結構です。
「お待たせ致しました。ご注文はお決まりですか?」
「はい、え~っと…この野菜ソースのハンバーグとライス、と~?」
「うぇ!?」
視線で『次、あーちが言う番』と向かいから振られた。
前もって『これ食べるよ』ってみーちに伝えておけば良かったわー…。
つい反射的にオドオドしちゃったけど、店員さんから降り注ぐ素朴で柔らかい笑顔に後押しされたので、気を取り直して注文する。
「イタリア風ドリアの温玉のせで」
「あ、あとドリンクバー2つでお願いします!」
お母さん!……ドリンクバー良いんですかっ!?
新井白石の政策のように【質素倹約】しないといけないんだと思っていたのに…。
少しの贅沢をさせてくれるなんて策士だわ。人心を分かっていますね、実々ちゃん。麻来は、打ちこわしも一揆も唐笠連判状製作もしないと、今ここで誓います。
みーちに感謝の熱視線を注いでいる間に、「それでは少々お待ちください」の声が聞こえ、また直ぐに2人きりになった。
「ドリンク飲んで良いの!?」
「そこまで追い詰められた貧乏じゃないし、ここではいつも飲むでしょ」
「ひゃっほう♪みーち先に取りに行って良いよ~」
「ん」
元より先に飲み物を調達する予定でいたのか、みーちはとてもスムーズに目の前から消えた。
手持ち無沙汰なのもあり、ドリンクバーの元に行くみーちの方を何の気なしに見ていたら、隣のボックス席に1人の男性が案内されたところだった。
隣のシートはうちらの席に対して垂直に設置されているので、横に目線をちょっと向けるだけで顔が凄く良く見える。……凄く見えるのは、こっち向きに男性が座ってきたからもあるけど、何故か奥に行かずに通路ギリギリに座っているからが理由の大半だろう。
(それにしても…めっちゃ派手な見た目してる……)
シルバーブロンドの髪はツーブロックで、肌は褐色で顔の彫りが深い。目の色は暗いグレーで左耳には金色の蔦みたいなイヤーカフ……いや、なんかもう耳全体を覆っているからイヤーカバー?イヤーフック?を付けている。厳ちぃ…。
年齢は働き盛りの30代中頃くらいかな?
身長は2mは絶対にありそうで、体型はガテン系っぽくてしっかりしている。…うん、絶対倒せない。
服装は凄いダメージのきいたジーパンに半袖の白Tシャツなんだけど、Tシャツのプリントに目が釘付けになる。
当の純日本人では無さそうな銀髪男性は幸いにもメニュー選びに集中しているので、Tシャツを遠慮なく良く見られる状況になった。
(【十拳剣】って何??じゅうこぶしけん?)
Tシャツにはデカデカと墨汁で達人が太く書いたような【十拳剣】の字と、その下におそらく十拳剣であろう見事な水墨画の剣が描かれている。
いったい何処のお土産なんだろう?
拳10個分って日本を代表するネコみたいな表現するな…。リンゴ5個分的な。それに拳のサイズって結構個人差あるでしょ。
やっぱり海の向こうからいらした方々は、基礎体温が高いから冬でも半袖なんだろうか?
思わず凝視してしまいながら疑問やツッコミを絶えず想像していたら、やっと待ち人が来た。
「あーちもどうせブドウソーダだろうと思って、あーちのも持って来たよー」
「あざあざ~」(あざーす)
ここに来たら絶対に飲みたいジュースを手に入れた!
その喜びを胸に、みーちにTシャツのデザインついて拳をテーブルに10回横にずらしていきながら話す。
ちなみに銀髪男性(以後、[拳剣]にちなんでケンケン)は、眉間に皺を寄せながら必死に注文をしている最中だった。
熟練のパートさんであろうおば様店員さんがケンケンの圧と異常なまでの距離の近さにたじろいでいて、双子はなんだか切なくなった。
何回かのやり取りの末、なんとかケンケンの要望が通ったのか、話が通じたのかは分からないが、店員さんが解放された瞬間は(良かった良かった)と頷いてしまった。
頷きの流れで正面のみーちの方に視線を戻すと同時に、みーちはうちの右後方あたりに視線を向けてきた。なんでや。
うちより興味を引かれるものなんて、ここにはケンケンのTシャツくらいしかー……
「お待たせ致しました。野菜ソースのハンバーグとライスご注文の方~?」
「はい、私です」
「イタリア風ドリア温玉のせはお客様でよろしいでしょうか?」
「……あ、はい」
「ご注文の品は以上で宜しいでしょうか?…それではごゆっくりお過ごし下さい」
………あった。
目の前で湯気をあげている、良い香りの料理たち。
興味関心のある物事、ぶっちぎり1位に躍り出てきた。
みーちはハンバーグからほぼ視線を外すことなく、スプーンをこちらに差し出してくれた。感謝。
「では……」
「「いただきまーー(す)」」
ホワイトソースの縁が時間経過と共にお皿にこびり付くのが許せない質なので、みーちが目玉焼きをオンザライスすべくフォークとナイフで運搬しているのを視界の端に入れつつ、ホワイトソースとお皿の境界を1周スプーンで刮ぐ。
「「よしっ!」」
お互いにミッションをコンプリートしたようだ。
やっと食べられるね。
(いただきまーーpart2)
猫舌でなくとも火傷必至のドリアをフーフー冷ましてから1口。
向かいのみーちも、ハンバーグからの続けざまのライスで幸せそうな顔をしている。
「「おいひ~~!」」
とってもリーズナブルなのに、心をたった1口で満たしてくれるなんて侮りがたし。
この幸福はシェアしてなんぼだ。
いつもは5分の2程食べてから割る温玉を中心から奥に転がして割り、スプーンに掬ったドリアをディップして、みーちに差し出す。
反対にみーちからはハンバーグを差し出された。
「フーフー…はむっ!」
こっちも美味しい!7年ぶりくらいに食べたわ。
みーちが「ライスも良いよ」と言ってくれたが、ドリアで一人前のライスを摂る身なので丁重に断わり、フォークを返しスプーンを受けとる。
お裾分けタイム終了。
特に会話らしい会話もせず、目の前のドリアに視点を合わせたまま、1口毎に(美味しい美味しい)と笑顔で食べ続け、みーちから少し遅れて完食した。
「トイレ行って、その足で紅茶取ってくる。あーちはアールグレイ?」
「うん」
離席したみーちとすれ違いに、料理を運んで来てくれた大学生くらいのお兄さんがお皿を下げに来て、足早に去って行った。
つまり、また1人きりになった。
ならばやることは1つしかあるまい。
料理の次に魅力的なケンケンのTシャツを見納めておこうと視線をゆっくりと向ける。
バチッ!
う、うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
ケンケンの暗いグレーの瞳とバッチリ目が合ってしまった。
頭が動揺でビクッと動いて目もかっぴらいてしまったが、まだ誤魔化せると信じ、無意味に息を止めつつソロソロと黒目を右から左の窓に向けて動かしていく。……死角となったケンケンから視線が刺さって来ていると感じるのは気のせいだと切に思いたい。
目線がやっと店の角に漸くいった時に、視界の左側、つまり横の窓の向こうで何かが動いた気配がした。
(よっしゃ、思いきりケンケンから正反対を向けるっ!)
意気揚々と顔ごと左を向いたら、気を失いそうになった。
「ひっ………!」
いつか遭った、大きなラメの烏さんが窓を挟んでうちと1mも無い距離で、こちらにガンを飛ばしていらした。
次回はこの話の後編です。烏来ました。
【唐笠連判状】:一揆の首謀者を分からなくするために、唐笠に円形に署名をしたものです。
日本史Bを学んだ方には、「懐かしい~!」「あったあった(笑)」ってなっていただければ幸いです。
あと冒頭の登場人物たち(ケン、トム、ムカミ)も中学の英語の教科書が元ネタですので、そちらも「懐かしい!」となってくださる人がおりますように。




