廃工場
バンは近くにある廃工場へと入る。
「おう、連れてきたぞ」
エンジンが止まり、運転手が誰かと話しているのが聞こえる。
目隠しやさるぐつわをしていないことから見ても、プロとはいいがたい犯行だ。
叫ばれたり、場所が分かってしまうことはマイナス要因になるからだ。
ということも考えつつも、彼らに利するようなことは、私は言わないし言いたくない。
「やっとか、あと数分で時間だったぞ」
相手も男のようだが、車の後部座席、私が座っているところからは良く見えない。
「なかなか女は捕まらんさ、特にこの町だったらなおさらだろ?」
「用心に用心をしているような奴らばかりだからな」
「ああ、全くだ。この生業も楽じゃぁねぇな」
音から周辺を考える。
遠くでは声、それもラリッているような不可思議な雄たけびにも似た声だ。
もしかしたら暴力団のような組織なのかもしれない。
他に見えるもの、車の走っている時間、聞こえるところから考えると、私が連れ去られたところからはそう離れていないはずだ。
この廃工場だって、きっと負犬地区からの距離はそこまでないだろう。
「ねぇ、ここどこよ」
私はそこまでわかったうえで同乗者に聞く。
「あ?知る必要はないだろ」
それは彼自身が考えることではない、が彼は確かに知る必要はない。
なにせ、彼は知っているのだから。
だけど私は、ここがどこかなんてわかっていない。
そんな体を装って話を聞く。
このあたりのやり方は、念のためということで仲介屋から直接教えてもらったやり方だ。
「身代金だったら払ってくれないと思うわよ。私のお父さん、そんなにお金持ってないから」
「それはこっちが考えることだよ」
どこまで聞かれていたかはわからないが、バンのスライドドアが開き、運転手と見知らぬ男が私の顔を見る。
「……よし、50万だ」
「私が50万なんていうはずがないでしょ、1000万よ」
「お前じゃねぇよ」
私が口をはさむと、すぐににらんで運転手が突っ込んでくる。
この辺りの人ではないようだが、もしかしたら大阪にかかわりがある人物なのかもしれない。
「だが、安いのは事実だ。500万だろ、こっちの口止め料に運送費、人件費だな」
「アホなこと言うなや」
思わず口から出ただろう、その男の口調は、私の考えを裏付けるのに十分だった。
「人質として金をとって、さらにこいつを売って金をとる。そこまで協力して250万。どうだ」
「……よし、分かった」
握手をしたところから、どうやら合意に至ったようだ。
「おい、連絡先を教えろ」
「いいけど、固定電話しかないよ?携帯はあるけど家のどこにあるか知らないし」
「それでいいさ」
男が言うと、私は靴のかかとをとんとして、足を整えた。
「いい?いうよ」
私はそれから固定電話の番号を彼らに教えた。