呼びかけ
言われた物を買ったのは、手野駅前にある地元の商店街だった。
なんでも、この商店街限定のポイントカードがあって、それを貯めているらしい。
なんだか人らしいところも残っているような気がして何となくホッとしてしまう。
買い物メモを確認して、漏らしがないことを確認すると、ようやく私は家路に就く。
前住んでいた家はすっかりと引き払い、住み込みで仲介屋さんのお手伝いをしているため、私の今の家といえば彼の家ということになろだろう。
そして買い物袋を下げつつ、歩いていく。
少しずつ、ガラが悪くなっていくのは、当然のことだ。
平穏な地域から、しょっちゅう警察がうろうろしている地域へ。
ところどころの壁には落書きも見られるようになる。
そこで女が一人で歩いているとくれば、近寄ってくる男らもいるわけだが、このあたりに住んでいる男らは、私がどんなところで働いているかを知っている。
それが抑止弁となっていて、私は守られていた。
要は、仲介屋が怖くて、私に手出しができないということだ。
それが油断になっていたのだろう。
「すいませーん、少しお手伝いしてほしいんですけど」
青いパーカーに、赤色の帽子。
ズボンはダメージジーンズだ。
膝、右側の太ももに、自分から入れたのかどうかはわからないが、鋭利な刃物、カッターか何かで切り込んだような跡がある。
パーカーには、英語でぐちゃぐちゃと文字が書かれているが、ぱっと見なんて書いているかはわからない。
帽子だってそうだ、英語とだけは分かる。
「どうかしましたか」
歩く足を止めて、彼を見る。
少し大きめの銀色をしたバンが、歩道に片側のタイヤを上げるようにして止まっているのが見える。
「荷物の配達中なのですが、この住所がどこかっていうのを教えてほしいんです」
たまたま通りかかった私が、ちょうどよかったといったところだろう。
「いいですよ、どこですか」
私は朗らかに聞く。
それでゆっくりと車の方へと案内された。
「どこへ配達するんですか」
「ええ、この住所なんですけどね」
途端、伴野スライドドアがガーッと開かれる。
中からは3人の男、それぞれ覆面をしていて誰かはわからない。
背かっ子は似たり寄ったりだけど、バンの中から飛び出すまでは身をかがめているようにしていたから、それなりの身長はあるようだ。
「きゃっ」
女の子らしい、といえばそんな少し細くて甲高い悲鳴のような音を上げ、瞬間、荷物をその場に落として、バンへと押し込まれる。
「行けたかっ」
さっきの男が叫ぶ。
同時に、バンドドアが閉まり、代わりにさっきの男が運転席に座っていた。
「ああ、いけたぞ」
「今回は上玉だな」
にこやかな声がすると、私に目隠しがされる。
「おっと、暴れられたら困るからな」
両手は後ろ手に、さらに重たい金属のような手錠が掛けられる。
足にも、さすがに靴や服は脱がされなかったが、手錠と同じように2つの輪と鎖でできているような感覚がある足枷が嵌められた。
どうやら誘拐されたらしい。