ヴァーリの使徒 第六話
ポルッカはレアに諫められると、背負っていた縦長の鞄を地面に置き、その蓋を開けて中から筒状の物を取り出した。
黒く光る筒の後ろには、肩にぴったりとはまりそうな形のニスの塗られた木材が付けられている。
それはどうやらアスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃のようだ。
利き手の左手は負傷のために包帯で巻かれているので使えないようで、ややおぼつかない手つきの右手で銃に弾を込めた。
包帯の巻かれた左腕は石膏で固められているのだろう。曲がったまま動かしづらそうに目線の高さほどに上げると、固定台にするよう肘の間に銃を乗せ、右手の人差し指を引き金にかけた。
あれは単発式だ。一発撃てば弾込めの、しかも慣れない手つきで行われるそれのせいで隙が出来るので、撃つとしたら一発だけだ。
魔弾でも何でもないただの、そして、たった一発の銃弾でこちら全員を止めるために、いざ撃つべきは誰かではない。この二人が何処を狙うかと考えれば、装甲車かトンボだ。
装甲車の中にいるアニエスかエルメンガルトに指示を出せれば、そちらは守られる。そもそも装甲車は銃弾など容易に弾く。だから、まず守るべきはトンボの方なのだ。
よって、この場で俺がするべきは二つ。まずはトンボの強化とレア一人を抑え込むことだ。
だが、レアは動きの一つとっても隙を見せず、俺は彼女から目が離せない。強化魔法をかけられない!
強化魔法を、せめて指示さえ送れれば!
「残念ですが、もう間に合いません。あなたたちも北公も。
私たち商会は、数時間前に北公軍を焚きつけました。すぐに火薬を必要とする状況に陥るでしょう。そうなれば私たちは北公に硝石を売ります。
あなた方がビラ・ホラに辿り着き見つける硝石が、戦いの場で使い物になるよりも早く。
いえ、あなたは辿り着くことを諦めるという、自らの意思によってここで止まるのです」
焦る俺を他所にレアは淡々としている。自分たちには絶対にここで止められるという余裕すら見せている。
「君は戦争には肯定的じゃなかったはずだ! 何故そんなことをするんだ!?」
いっそのことトンボが銃の射程圏から出てしまえばいい。付け焼き刃の思いつきで質問を繰り返して時間稼ぎを試みた。
「時間稼ぎですか? 無駄ですよ。なら丁寧にお答えいたしましょう。
仰るとおり、戦いには肯定的ではありません。必要な物を必要とする者たちに売るだけです。
私個人では必要な物を必要とする者たちを自ら生み出すようなこと、つまり戦いを煽るようなことはしていません。
ですが、貴方の友達の言葉を借りて言えば、非戦ではないのです。
私の目的は“北公を敗北させない”ことです。そのためにはどちらの勢力にもお金を落としていただかなければいけません。
お金の意味は価値の保存。原始的な物々交換では得がたい平等な感覚、分け与える感覚を人々に与えます。
それらにより、物をより広くより遠くに動かすことが出来ます。それ故に文明の発展に大きく寄与してきました。
お金が動いて、初めて世界は回るのです。世界を回し、やがて平和へと導く。そういうことです」
「やはり君は根っからの商人だな。
だが、俺たちはビラ・ホラへは必ずたどり着く! そして、スヴェンニーたちにも横取りをさせない!
セシリアの、ベルカの、ストレルカの、ブルゼイ族全体の故郷には手を出させない!
帰る権利を持つ者たちのためにたどり着き、その者たちのために守り抜く!」
震えた手で握っていた杖をさらに強く握り直し、魔法を唱えようと杖先に意識を集中させた。
だが、何を唱えればいいのだ! トンボへの防御か、隙を作る為の攻撃か。
「俺にとって、この子とこいつらの故郷を守ることこそに大きな意味がある! 邪魔をするなら容赦しないぞ!」




