ヴァーリの使徒 第五話
「マダム・エル。構いませんか? ここまで正体が割れていてはこれ以上隠し立てていても仕方ないと思いますが」
白面布をした女はレアの方を見てそう言うと、レアは仕方なさげにため息をした後「構いません」と囁いた。
それを聞いた白面布の女は右手で面布を取り素顔をあわらにした。
取り払われる布に合わせ、濃い茶色の弱いパーマ髪が流れた。顔にかかってきた髪を掻き上げて避けると、一部が白くなった前髪が額に流れた。
息苦しさのある面布から解放されてため息をしながら肩を下げ「私はお前の言う通りポルッカ・ラーヌヤルヴィだ」と杖の柄の先を右手の指先で撫でた。
「杖も出来る限り個性がでないように加工していたつもりだが、よく分かったな。
確かに黒檀の黒は艶やかで麗しいが、その分目立つ。諜報組織としては致命的だな。
だが、無ければ仕事にならない。隠すことも困難とは扱いにくいものだ。マダムのように私のも小さければ隠せたな」
相変わらずの眉間に皺の寄った険しい顔をしている。それがこれまでの北公の軍人のときのラーヌヤルヴィと何一つ変わらないことに焦りを覚えた。
まるで追い詰められているのは俺たちなのでは無いかと思ってしまうほどだ。
「久しぶりだな。怪我して地元に帰ったんじゃないのか? お前ら一族、何しでかしたまでは知らないけど、極系広啓派って呼ばれてるらしいな。
強欲って意味らしいな。聞いたぜ? ハルストロム家の友達からな」
ハルストロム家と言う単語に反応したのか、ポルッカは目を大きく開き、ほうと鼻を鳴らした。
「ハルストロム家の知り合いがいるとはな。驚いた。世間は狭いな。
あの家は我が一族に劣らず優秀だったが、やり方が甘すぎる。落魄れたのは痛み入るが、共感は出来ん。
疎遠になって久しいが、そいつは元気か?」
「ああ、お前と違っていいやつだよ。神秘派ヒューリライネン家の旦那と仲良く子育て中だ」
ポルッカは一度目を大きく開いたかと思うと、首を後ろに下げた。そして、鼻でゆっくりとため息をし、呆れかえったような眼差しを向けて来た。
「……落魄れるわけだな、ハルストロム」
「おい、レア! ラーヌヤルヴィ家が落魄れなかったってのは、そういうことか!」
俺は隣にいるレアに脅すように声を上げて尋ねたが、レアは全く反応をしなかった。その代わり、ポルッカが前に出てきた。
「そうだ。偉大なる司法神の神孫にして名だたる広啓派錬金術師名家、ラーヌヤルヴィ家。
かつてのスヴェリア連邦国において裁判官を生業とし、かつ広啓派として活躍した。
商会と共に真理とも見まごう素晴らしき知識とスヴェンニーの権威を世界に知らしめんために、子どもを贄としてスヴェリア内乱を巻き起こした者の末裔。
それ故に、極系広啓派などと呼ばれているがな」
「お前は、お前自身はいつからヴァーリの使徒だったんだ!?」
問いかけにポルッカは「いつから?」と首をかしげて眉を寄せた。
「愚問だな。生まれたとき、私が私としてラーヌヤルヴィ家の者としてこの世に生を受けたそのときからだ。
私はスヴェンニーにしてヴァーリの使徒だ。司法神ヴァーリは私たちラーヌヤルヴィ家のシンボル。ヴァーリの使徒は私たちそのものだ!」
「ノルデンヴィズ戦線基地で俺とアニエスを囲んだだけじゃなく、ドミニクや元勇者を撃ち殺したヤツもお前なんだな!?」
「ドミニク……ああ、お前たちと一緒にいたデカブツか。
あいつの頭は撃ちやすかったからよく覚えているぞ。大きく丸い的が自ら出てきてくれたのだから。あれだけ大きければ、動いていたとしても誰も外さないだろう。
元勇者も何人か殺したが、他はいまいち覚えていないな。どいつも自分が狙われている自覚がないのか無防備で手応えも無かったからな」
「ポルッカ、あなたはもう少し対象への敬意を持ちなさい。それではただ殺しているだけのように聞こえてしまいますよ。私たちのもたらす死は、最小限であり必要な死なのですから」
黙っていたレアが話を始め、そして杖を取り出すときの仕草である右手首を折り曲げ袖の方へ掌を向けた。
「再会の喜びを分かち合うのは結構ですが、私たち商会にはやるべきことがあります。準備をしなさい」