ヴァーリの使徒 第四話
「イズミさん、あなた。私がカルル閣下とした取引をご存じないでしょう。閣下が何と引き換えに銃を私に渡したか。
あなたが本営テントから放り出された後、私が銃を得る代わりに、火薬の原料、硝石を調達し北公に売るという契約をしたのです!
銃は連盟政府のどこかの自治領に渡れば、おそらく壊れたままで増えるまでに時間を要するか、もしくは増えること無く終わっていたかもしれません。それは買った者たち自身の責任。
ですが、最悪なことに私は銃を共和国に売らざるを得なくなりました。
銃は元はといえば共和国のエルフのもの。つまり、元に戻っただけなのです。
このままでは連盟政府内部では銃は増えることはない。売る物が無ければ売ることは出来ない。販路の独占も出来ない。
閣下は私たち商会を、ビラ・ホラに何も無かった場合としての保険程度にしか見ていないと言うことです。
私たちから商機を奪うなど許すことなど出来ません!」
レアの隣で黙っていた白面布の女の右腕に着いていたバングルが光った。
女はそれに反応するように右腕を胸の高さまで上げて、左手の人差し指でバングルに嵌められていた石を押した後、僅かに下を向き左手を左耳に押し当てた。
しばらくすると顔を上げ、隙間から見えていた視線をレアに向けた。
「マダム・エル、グレタ街道の行商隊から連絡が入りました。
北公軍は再び勝利を収めた模様です。現在、連盟政府軍は敗走し、それを追いかける形で北公軍が南進しています」
「わかりました。まだ早朝だと言うのに。夜間にも戦闘が行われていたようですね。
北公は兵站を気にしていないのでしょうね。獅子の如く血が沸けば、引き金も軽くなり空腹さえも忘れるのでしょうか。気を回せるほど冷静になっていては機を逃すとでも思っているのでしょう。
すぐに統計管理・魔術研究部門に両軍の被害状況を調査分析させ、イフターハおよび周辺にいる商会に所属する商人に両軍への必要物資の調達支援の指示を出しなさい。
領地商たちには、物資の調達に来た者には所属の如何に関わらず平等に商売を行うようにも指示を。
そういえば、夜戦のようでしたね。両軍共に照明弾を多用したはずです。北公側にマグネシウム粉末と硝酸ナトリウムを、連盟政府側には高輝度炎熱系の魔石を手配してください。
北公には特に食料も多めにしなさい。味が濃く高カロリーなものを。保存食ばかりでは脚気になりますし、食事はモチベーションに直結します。北公には負けて貰っては困りますので。
民間人からの略奪をさせてはいけません。その分売り上げがマイナスになります」
もう一人の白面布とレアとの何気ない業務連絡のはずが、女の声は俺の耳に妙に強く聞こえた。
やや早口で淡々とした話し方とそのやや高いが高圧的な声は耳に覚えのあるものだったからだ。ノルデンヴィズの前線基地からアニエスと逃げ出してヴァーリの使徒に囲まれたときに聞いた声だ。
目の前にいるのはまさしくヴァーリの使徒であり、ただそれだけであれば何の疑問も抱くことはないはずだった。
しかし、その声は囲まれたときよりも前に既に聞いことがあり、そして最近までよく聞いていた声だったのだ。
「お前、その声! 右腰に付けたその杖……、黒檀の杖だな!?
あんたと会ったのはノルデンヴィズ前線基地で囲まれたときが初めてだと思ったがそうじゃないな。
左利きの錬金術師、答えろ、ポルッカ! ポルッカ・ラーヌヤルヴィ!」




