ヴァーリの使徒 第三話
なるほど、そういうことか。全て理解した。
資源の乏しい北公が、今何処と何をしているのかを考えれば、そんなものは誰でもすぐにわかる。
「そうなのか。知らなかったよ」
硝石は言わずもがな火薬の原料だ。
黄金だろうが、硝石だろうが、戦争の激化につながるのは変わりない。下手をすれば硝石の方がよっぽど直接的だ。
ならば驚く理由もない。俺たちが何処よりも先に見つけて、それを全て隠してしまえば良い。
元々しようとしていたこととは何も変わりが無い。
レアは俺がもっと狼狽するだろうと思っていたのだろう。
だが、俺自身でも驚くほどに反応は冷静だった。
それが予想外だったのか、彼女は白面布から見えていた鋭い視線をさらに鋭くし睨め付けてきた。
「随分、冷静な反応をしますね。もう慣れた、なんて言うのはあなたにはありえません。
和平のために動いてるのではないのですか?
まさか硝石鉱山が何か理解出来ないわけではありませんね?
それを手にしたことで北公がどのように動くかも」
「黙れよ、商人。誰が北公や連盟政府に武器を売ってるか、そんなの聞くのも野暮だよな?
だけど、見たわけでも無いのになんで硝石鉱山だって言えるんだよ?」
「“白い山の歌”の歌詞の“白い石の山”や“乾きの山”が硝石鉱山を意味しているのです」
「そうなのか。だけど、残念だったな。それはラジオの歌詞の“白い山”だ。
そのラジオの歌詞はテレーズが連盟政府のプロパガンダのためにデタラメに訳したものだ。
実際にあるかどうかなんてのは怪しいモンだ」
「ええ、そうですとも。歌詞がデタラメなことも知っています」
「商人がそんなモノに可能性を見いだして踊らされてていいのか? 記録でもあったのか?」
「ええ、そうです」
「意外だな。今は犬猿の仲じゃないか」
「それはもう二十年近く前のこと。それを訳した時は、連盟政府と商会は密月の関係にあり高度の機密共有もなされていました。そして、白い山などデタラメでもよかったのです。
時代背景を考えてください。当時はまだ魔法の時代。全盛期はとうの昔に過ぎ去り末期であったとは言え、夕日のようにまぶしかった時代。
ありとあらゆるものの全ては魔法が支配し、火をおこしたければ炎熱系の魔石や魔法を使えば良かったので、火薬の重要性が高くありませんでした。
故に多くのデタラメの中に混ぜ込んだ小さな真実の一つでよかったのです。
ですが、魔術単独での発展に限界を迎えた今、世界は再び火薬と技術の時代を迎えつつあります。
その火薬の原料となる硝石はこれまででは考えられないほど重要なものになったのです。
現に、そうでしょう。今まさに起きている戦争。北公はエルフのもたらした技術によりその可能性を最大限に利用しているではありませんか」
「おい! それじゃあスヴェンニーはオレたちの故郷にある硝石をまるごと横取りしようってぇのか!?
ぶんどるなんざ、ぶっ壊すよりタチが悪ぃじゃねぇかよ!」
ドアを開けていたベルカが身を乗り出し、近づいてきたトンボの翅音に負けないほどの大声でそう怒鳴った。
「それが私たち商会にとって大変困るのです!」
レアはさらに覆い被さるような気迫と大声で怒鳴り返した。




