ヴァーリの使徒 第二話
「毎回立ちはだかるのは君だな。シバサキよりもクロエよりも、一番厄介なのは君かもしれない、レア」
強い風が向けた杖先を揺らした。いや、違う。これは自分の手が震えているのだ。
レアの実力ははっきりしている。彼女はとても強い。もう一人は分からないが、レアよりは弱いか、もしくは同等の可能性もある。
どれほど強い魔力を持っていると言われようとも、レアはかつての仲間でありその戦い方を見ていようとも、俺の実戦の経験はヴァーリの使徒であるこの二人に比べれば絶望的に少ない。
自分が恐れていることに気がつく、脇腹が縮むように痛み、それはヒヤリとした感覚を作り出して脇の下を冷たくしていった。
対峙する二人は杖を構える気配は無い。
俺に素早い動きなど見きれるわけもないと余裕なのか、それとも他に何かあるのか、警戒をしながら震える杖を握り直した。
「あなたはなぜ黄金を、いえ、ビラ・ホラを探し続けるのですか?」
余裕の無い俺とは裏腹にレアはゆっくりと尋ねてきた。
「セシリアとブルゼイ族に故郷を見せるためだ」と脅すように杖先を振りながら答えた。
戦いへの心構えは出来ているようで、腰は逃げるように退かず、上半身をしっかり支えてくれている。
「表向きの理由は止めてください。もちろん、故郷を見るためでもあるのでしょう。ですが、あなたは北公が撤退しない理由を聞いていない。
あなたは当初ムーバリ上佐と共に探していたはずです。ですが、佳境にさしかかるや突然沈黙し始めるなど、怪しいと思ったのではないのですか? その真意を確かめるというのもあるのでしょう?」
「よく分かったな。何度も言うが、和平の為だよ。怪しい動きがないか、俺には知る必要がある。君もそれには文句がないはずだ。
あいつらも実は無いと分かったから、もうどうでもよくなったってのは考えられないか? 閣下に顔向けて出来ないから燻ってるだけとかな」
レアは目をつぶると「いえ。そんなことはありません」と首を左右に振り「今あなたのしていることは私たちには迷惑なのです」と答えたのだ。
止めに来ているというのは困る理由があるからだ。理由は分からないが、その答えは意外でも何でもなかった。
「なぜ? もう黄金なんてのはないから、俺たちが何をしようと勝手じゃないのか?」
「あなた方だけならただの勝手で済ませられますが、そうはいかないのです。
北公は手を引いたような気配を出しつつも、未だにあなた方にビラ・ホラを探させています。
彼らの任務も佳境にさしかかったので、あなた方をあえて野放しにすることで行動に自由を与えたのです。
そこのブルゼイ族の二人と手を取る可能性も考慮したのでしょう。
そして、黄金が無いと判明したタイミングも彼らにとって都合が良かった。あなたが今まさに言ったように、無いならどうでも良くなったと油断させられるから」
「そうなのか? でも、何でだよ。北公が何も無いビラ・ホラに今さら何の用事があるんだ? やっぱりブルゼイ族への恨みを晴らすためか?
ああ、そういえば、聞いたぞ。あの槍、ブルゼイ・ストリカザは“ブルゼイを討つ者”って意味らしいな。
スヴェンニーの出自も聞いたぞ。元はブルゼイ族で一つだったらしいな。どうせ知ってたんだろ?」
「知ったのですね。根も葉もない話だとかつての政府は否定しました。
ですが、それが事実であるのは既に知っています。そして、それが北公のビラ・ホラを探す直接的な理由ではありません。
北公が帰らない真相を聞きたいですか?」
「是非聞かせて貰おうか」
「聞いたところであなたも引き下がってくれますか、というのは無駄ですね。話そうと話まいと、あなたはビラ・ホラへの足は止めないのはよく知っていますから。
ブルゼイ族はスヴェンニーの仇ですが、それよりもっと重要なことがあります。
ビラ・ホラが“白い山”と言われた由縁です」
「不毛の土地、だからじゃないのか?」
「どうやらそこまではたどり着いていないようですね。何れにせよ、あなた方のビラ・ホラ探しもここでおしまいです。教えて差し上げましょう」
レアは目をつぶり、間を開けた。
「ビラ・ホラにあるのは黄金郷では無く、広大な硝石鉱床なのです」




