斯くして熊は再び立つ 第五話
二人は私の言葉が理解出来なかったのか、一度呼吸まで止まるように動きが止まった。
しかし、戸惑いに身を震わせた後、我先に通し退けるように二人は身を乗り出して私に近づいてきた。
「何故ですか!? 北公軍は今破竹の勢い。ここで連盟政府に攻め入れば勝利は間違いありません! 前線に戻らない理由がわかりません!」
「そうですよ、上佐殿!
以前我々がモギレフスキー夫妻の生存を知ったあのときに報告していれば、もっと早くこの快進撃をもたらせたはずです!
もう、もたついてはいられませんよ! 勝利は間近なのですから!」
二人は私に発破をかけようとしているようだ。
いつもとは違う、これまでとも違う、自らの生まれた国から遠く離れた土地で謎の作戦をしなければいけないという不安による萎縮はそこに見られず、前に前に進もうとする彼ら本来の若さ以上の勢いさえ見える。
勢いが強すぎて転んでしまうのではないかと思うほどだ。
誰かのように動かない私を裏切り者だと罵らず、私の背中を押そうとする部下だ。
とても、よく出来た、素晴らしい。
部下を持つというのは鬱陶しいと思ったときもある。だが、捨てたものではない。
この二人はまだ若すぎる。
そして、こうなってしまったのは私の責任でもある。ただ転ぶだけの若気の至りでは済まされないのだ。
「勝利? では、北公にとっての勝利とは? まだ歴史の幕間にしか存在していない北公という国家の歴史的大勝利とは? 連盟政府の首都に攻め込む意味は?」
「そ、それは……」
ユカライネンは黙り込んだ。そこへ私は「マジックアイテムを」というと、彼女は慌てた手つきでバングルを外して渡してきた。
意地を張って渡さない、とは言わないユカライネンは非常に優秀な兵士だ。故にこの大仕事を任されただろう。
イズミさんも良い二人を偶然失神させたものだ。彼もなかなかの引きの良さ。
「我々北公が首都を目指し戦うのは侵略ではありません。
首都を攻略する上で跨ぐ数多の自治領で勝利を収めようと、もしくは降伏の意思を受け容れようとも、そして、そこに北公への参加を要請されたとしても、その自治領を北公の一部だと認めることはありません。
そこには“根底からの賛同”というものが壁として横たわるからです。
戦わずに降伏するという意思は結構。血は持ち主だけのものであり、一滴でも体外へ流れ出れば無駄になる。
だが、その内訳のどれほどが、今勢いのある北公へ寝返り、後は甘い汁を吸おうとしているだけの自治領でしょうか。
北公はスヴェンニーがスヴェンニーの差別を撤廃するために興そうとしている国。人口比で言えば半数以上がスヴェンニーとなります。つまり、連盟政府の人間にとっては立場が逆転するということです。
もちろんですが、人口における多数派がスヴェンニーとなるということであり、スヴェンニー以外が被差別的な地位におとしめられるというわけではないです。
“根底からの賛同”というのは、スヴェンニーの考え方を受け容れると言うことなのです。
それは『ロバの血と不幸のミルフィーユ』と言われる国家の人間には受け容れ難いことでしょう。
まさしく、自分たちがロバと罵ってきた者たちに跪き、自分たちが浴びせてきた血泥で汚れたそのつま先にキスをするに等しいのですから。
寛容な姿勢を示しておけば甘い汁が吸える。あわよくば権力さえも得られるという考えなど、甘すぎるにもほどがある。
否、スヴェンニーへの侮辱でしかありません。
その類いの手合いは、自分たちの都合通りにいかないとなれば、私たちが侵略してきたと言い張ってたちまち態度を硬化させるでしょうね。
この戦いの勝利というのは、現時点での北公としての独立を連盟政府に認めさせるだけです」
受け取ったバングルを嵌めて立ち上がり、壁際のガンラックにかけてあった槍を持ち上げた。
切っ先から石打まで人差し指で撫で感触を確かめると、埃は一つも付かなかった。
そして、今まさに待ちわびた佳境であることを知るかのように金属が冷たく震えたような気がした。
光る刃先は鋭さを増し、突けば空さえ切りそうな切っ先に恐ろしささえ感じる。
だが、それが傷つけるのは誰かを傷つけようとする者のみ。そう誓いながら背負った。




