斯くして熊は再び立つ 第二話
彼女の移動可能な定点行先を読み込み始めたバングルから浮かび上がる文字をちらりと見ると、この子は北部辺境の田舎娘というわけではなく、あちこち旅をしたことがあるようだった。
浮かび上がる町や村、目印になるポイントの名前は次から次へと現れて、下から上へとスクロールして消えていった。
彼女の訪れたことのある場所が多い証拠だ。
ノルデンヴィズから始まり、旧ブルンベイク、ノイエ・ブルンベイク、カルモナ、サント・プラントン、マルタン、ヤプスール、ラド・デル・マルなど、人間社会に存在する大きめの街にはどこも足を運んだことがあるようだ。
だが、何故かその中に一つだけ、ルーア共和国西部のとある小さな漁村の名前――それも共和制に移行して変えられる以前の名前で――が出てきたのだ。
それは目にも留まらぬほどの素早いスクロールに乗ってすぐに消えていった。
確か、彼女はウトリオ上尉とは幼馴染みだが、生まれたときから一緒というわけではなかったと聞いている。
……見なかったことにしておこう。
読み込みが終わり浮かび上がっていた光が空中に溶けるように消えたので彼女は腕を下ろして頷いた。
「準備でき次第、イズミさんたちを追ってください。ウトリオ上尉とは後ほど合流しなさい」と再び指示を出すと彼女は再び敬礼をした。
だが、まだ何かあるのか、困ったような顔をして視線を左右に泳がせた。
「指示は以上です。何か質問はありますか?」
そう尋ねると彼女は敬礼を解いた。そして、「あの」と申し訳なさそうにつぶやいた後、また口を開けたまま止まってしまった。
私は微笑みかけて右手を前に出すと、彼女は鼻から息を吸い込んで話を始めた。
「もう黄金は無いという話が広まっているのは、上佐殿もご存じですよね。
それで、もう意味が無いから他の勢力はみんな撤退しちゃったみたいなのですが、なぜ私たちはまだクライナ・シーニャトチカにいるのですか?」
なるほど。ユカライネンとウトリオ、それからラーヌヤルヴィにも、私たちがしていることは黄金捜索であると伝えてある。当人たちもそうであると疑わずに認識している。
黄金が存在しないというのがほぼ真実であると判明しそれも広まった現時点で、まだ黄金を探しているのは時間とコストの無駄だと思うのは至極真っ当だ。
何も考えず上官に従順でただ黙って付いてくるだけの部下ではない彼女もそう思ったのだろう。
「気になりますか? ですが、私はあなたたちに対しては一度も“黄金探し”とは言っていないですよ?」
ユカライネンは小首をかしげて視線を上に向けた。
そして、人差し指を顎に当て、これまでを思い返すようになると「そういえば……、そうかもしれないですね。じゃあ、いったいどんな目的があるのですか?」と尋ねてきた。
「彼らも動き出しましたし、そろそろ頃合いですかね」と椅子に座り直し、机に両肘を突き上半身を乗り出すようにした。
「今回の件、あなた方はノルデンヴィズ前線基地の簡易訓練場でイズミさんに逃げられて、それがカミーユ・ヴィトーの脱走という結果をもたらしたことへの反省ドサ回りだと思っているようですね。出世コースからも外れたと」
そう言うと、ユカライネン下尉は口を曲げてしまった。
気分を害するであろうが、あれは確かに失態である。本人もその自覚はあるのだろう。
この子たちの上官たるラーヌヤルヴィ下佐も部下の失態に対して強く責任を感じていたのか、連帯責任を取ると自ら名乗り出てきたし、その後も強硬な姿勢を見せていた。まぁ、尤も彼女の場合はそれだけではないのだが。
「あなた方は、反省を促すために押しつけられた任務だとふてくされることなく、私の指示にもきっちり従い、積極的に行動も行ってくれました。
反省の色が見えているのはとても感心です。あなた方はもう二度とイズミさんの時のような失態はしない。それは十二分に伝わりました。
ですが、この任務はただのドサ回りなどではありません。北公の未来を左右するとても大事な任務なのです。
喜ばしいことに、成功は出世への確実なアプローチになります。しかし、万一失敗した場合、そのときは確実に敗北による死を迎えます。
私たちの任務。それは物を得る為ではなく、人の心を……」
「上佐! ムーバリ上佐! 失礼いたします!」
言いかけた言葉を遮るようにウトリオ上尉が廃宿の奥からその大きな身体をのしりと現した。




