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斯くして熊は再び立つ 第一話

 鳥も鳴き始めていない早朝のことだ。


 よもや誰も来るまいと思い、やや満たされつつ静かな廃宿の机で一人作業をしていた。

 デスクワークだが久しぶりの単独での作業であり捗ると思ったが、おもむろに宿の正面入り口のドアが軋み開いた。


 まだ日も昇らず風も起きていないこんな早朝に一体誰かと思ってそちらを見ると、ユカライネン下尉の姿があった。

 夜通しの見張りをしていたようで顔はてかりと疲労が浮かび、軍服はポケットの隙間や袖の裏にまで砂が入り込み動く度にポロポロと砂を溢している。

 彼女は入るなり警戒するように左右を見回しながら、真っ直ぐこちらへ向かってきた。

 そして、机を挟んだ正面で立ち止まると敬礼をし「ムーバリ上佐、イズミさんたちに動きがありました」と昨日がまだ終わっていない調子のかすれた声で報告をしてきた。


 どうやらイズミさんたちが動き出したようだ。

 あのブルゼイ族二人組と行動を共にし始め、共和国に装甲車を借りているところまでは報告を受けていた。

 それからさらに“動き”があったということは、ついにビラ・ホラへ向けて本格的に移動を開始したということだ。


「そうですか。では引き続き彼らの動向は今後も具に追ってください。焦る必要はありませんが、決して目を離さないようにしてください。

 北公の所有している移動魔法用のマジックアイテムをあなた方にお貸ししましょう。その方が効率も良いでしょう。

 彼らもビラ・ホラの場所は知らないので、移動魔法で向かわれることはありません」


 私はポケットから、閣下から特別に携行許可を賜った移動魔法用のマジックアイテムを取り出した。

 そして、机の上に置き、余韻で揺れるそれを右手で押すようにしてユカライネンの前に差し出した。


「あなたは確か、雷鳴系の魔法使いでしたね。

 燃熱系では利き手で魔法を使うとバングルが溶けてしまう可能性があったので渡せなかったですが、ウトリオ上尉も氷雪系。二人なら安心して渡せますね」


 ゆらゆら光る小さな緑の透輝石(ダイオプサイド)が付けられ、複雑な編み込みのようなスヴェンニー独特の模様が丁寧に設えられている錫製のバングルという、希少的にも歴史的にも信じられないほど高価な物をいきなり渡されたことにユカライネンは驚いているのか、目を見開いたまま硬直してそれを注視している。


「これを付けてあなた方はイズミさんたちを尾行しなさい。

 目的地に着いたら私をそこへ案内してください。あなたもだいぶお疲れの様子で、私自身も向かうべきだとは思うのですが、いよいよ大詰めです。

 私自身にはしなければいけないこともいくつかあるので、お願いできますか?」


 ユカライネンは疲れていた猫背をぴんと伸ばし、天井からつるされているように背筋を整えて敬礼をした。まだ頑張ってくれるようだ。

 そして、「失礼致します」と机の上のバングルを恐る恐る持ち上げて右手に装着した。

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