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白く遠い故郷への旅路 第十八話

「なぁ」


 このまま温かいセシリアの心音を聞きながら、空が完全に青くなるまでの僅かな時間だけでも俺も眠ってしまおうかと、視界を狭めていた頃だ。焚火の明かりに顔を揺らしながらベルカは再び話を始めた。


「あんまり脈絡のねぇ話だが、なんで“白い山の歌(ヘスカティースニャ)”はあるんだ?

 連盟政府の、かつての豊かな平原の民が嫌いなら、わざわざ自分たちの居場所を知らせるような歌を作るわけがねぇと思うんだが」


 眠気を誤魔化すように身体を動かしてセシリアを抱き直し、焦げ臭く冷たい空気を鼻から吸い込んだ。


「旅が好きなブルゼイ族もいたんじゃないのか。どこにでも出たがりはいるだろ。お前らみたいになぁはァ」


 ベルカは「寝かけてただろ。お前、気抜きすぎ」と言葉尻にあくびが混じった俺を見て笑った。


「まぁいい。逃げ出して命がけで渡ったスヴェンニーじゃあるまいし、砂漠のど真ん中からわざわざ危険を冒してまで出る物好きがいるとは思えないが」


 砂漠の横断がどれほどのものかよく知っているわけではない。だが、砂と空しかない世界を延々と歩き続けるというのは考えるだけで恐ろしい。

 山がすぐ近くにあるところで生まれ育ったので、最初の頃こそ何処までも続く平原に言い知れぬ解放感とほんの僅かな違和感を覚えていた。

 だが、その景色に見慣れてくると違和感の方が次第に強くなり、やがて違和感の原因が山がないことへの欠乏感であることに気がついた。

 それが砂漠ともなれば空と砂原を隔てる水平線しかない。導きの星があったとしても、方向感覚は麻痺していく。

 これから自分たちが空を飛びながらではあるが、その広大な一直線の世界を横断するのかとなると足がすくんでしまいそうだ。


 だが、幸いにも俺たちには魔法がある。

 水が欲しければ炎熱系と氷雪系を組み合わせて大気中から無理矢理絞り出せば良い。

 それもアニエスや俺の移動魔法があれば、無理をする必要も無い。

 乾燥と埃っぽさ、それからメンタル的なもの以外は最低限を維持できる。


 しかし、かつてその絶望的な一直線の世界を自らの足のみで乗り越えた人々は、魔力もコントロールもままならず形もはっきりしていないような錬金術しか持っていなかった。

 それは不完全で自らの命を維持するだけで精一杯なはずだ。俺なら発狂しているだろう。

 ベルカの言うとおり、砂漠越えはそうそうするものではない。


 再び夜明けの静寂に包まれた。

 弾ける焚火の中、静寂は俺に疑問を投げつけ、その答えを探すように俺とベルカ二人で黙り込んでいた。


「“私はたゆたうグスリャル。セシリアは民にこの歌を忘れるなと教えて回った。姫の優しさは邂逅の日まで久しく。”」


 ベルカは火を見つめたまま歌の一節を口に出した。それはヘスカティースニャの最後の一節だ。


「それがどうかしたのか?」と尋ねると「いったい“誰と”邂逅する日のことを言ってんだ?」と返してきた。


「ビラ・ホラの場所を告げる歌、そして、誰かと邂逅。つまり、偶然にでもこの歌を聞い……」


 しかし、言葉を遮るようにベルカの表情が突然険しいものになり、左手の人差し指を立てて口の前に当てた。そのまま目を閉じると、何かを探るように耳を澄ませた。

 二、三秒そうした後、目を開くと「呑気に議論してる暇は無さそうだぜ、こりゃあ」と言って立ち上がり東の方へと顔を向けた。

 そして、登り始めた朝日で揺れる地平線の先に目を細めた。

 瞼がピクリと動いた後に「どうやらお迎えが来たようだ。全員たたき起こせ」と装甲車の方へと走り出した。


 遠くを睨みつける鋭いその視線が一体何を捕らえているのか、すぐに分かった。

 俺はセシリアを抱きかかえて立ち上がり、焚火に足で砂をかけて消した。

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