白く遠い故郷への旅路 第十四話
突然飛んできたカラスにセシリアよりも先に気がついたストレルカは立ち上がった。
そして、セシリアの前に仁王立ちし、羽を広げ滑るように向かってくるカラスたちに向けて両手を大きく振り回し始めた。
カラスたちは動線上に現れたストレルカに驚いて羽を上に傾けて急上昇し、上空を旋回し機会を窺い始めた。
ストレルカは今度はそれに向かって「どっか行けや、オラァーッ!」と怒鳴りながら石を投げつけると、カラスたちはギャアギャアと鳴き声を上げて散り散りになり黒い羽根を落としてどこかへ退散していった。
もう戻ってくることはないだろう。カラスたちを見送ったあとに俺は杖から手を離した。
ストレルカは腰に手を当ててフンと鼻を鳴らすと、身体を守ろうと頭を押さえて縮こまっていたセシリアに「許せねェカラスだぜ」と囁き、頭の上に落ちていた二、三枚の羽根を払った。
屈んでセシリアに視線を合わせると、掌を持って握り、裏や表を見て、肘の方まで揉むように確かめると「怪我は、してなさそうだな」と微笑みかけた。
セシリアは上目遣いになり、ストレルカを両方の目を探るように見つめた。
「もう大丈夫だ。気をつけろよ」
ストレルカはその視線に歯を出して笑い返すと立ち上がり、頭を軽く撫でて元の場所に戻り座ろうとした。しかし、そのとき、足下を見て、あ、と声を漏らした。
「チクショウ、あのカラスのクソ野郎ども。アタシのレーションぶちまけてきやがった」
セシリアを守る為に立ち上がったときに膝の上から落ちてしまったようだ。缶切りで開けた口を地面に向けて見事に真っ逆さまにしてひっくり返り中身を全てぶちまけている。
ストレルカは倒れた缶をつまみ上げ、中身を掬うように持ち上げた。そして、砂だらけになったスプーンで缶をはつり残ったレーションをかき集めた。
しかし、ほとんど全部こぼれてしまっていたようで、スプーンの先に僅かに乗る程度しか残っていなかった。
ストレルカは諦めたように「全部ぶちまけちまいやがッた。ったく、ちっとも残ってねェじゃねェか。あー、もったいねェ。しゃーねーか」と缶とスプーンをゴミ袋に放り投げた。
その様子を黙って見ていたセシリアは、服に飛び散ったレーションを拭き取っているストレルカと、手元にあるまだ三分の一ほど残っている自分のレーションを交互に見た。
そして、少し戸惑った様になったあと、ストレルカにレーションを押しつけたのだ。
「お、おい、プリャマーフカ。なんだ。どうしたんだい? くれるのかい? だが、お前、食べなくて良いのか? これから長いんだぞ?」
突然肘の辺りに押しつけられたレーションに驚き、セシリアを見つめがならストレルカがそう言うと、セシリアは「もう、お腹いっぱいなの」と視線を合わさずに小さく答えた。
ストレルカがそれを受け取ると、セシリアは勢いよく立ち上がり逃げるような小走りで俺の方へと駆け寄ってきた。そして、飛び込むように抱きついてきた後にちらりと二人組の方を見た。
腕の中に顔を埋めるセシリアを撫でて「優しい子だね」と褒めてあげると、さらに強く顔を押しつけてきた。
レーションが少し残っていたので「食べる?」と見せながら尋ねると、ううんと首を左右に振った。
子どものセシリアに大人用のレーションは多かったようだ。
ストレルカに目配せすると、彼女は困ったように後頭部を掻いた。しかし、ありがとよ、と呟くとセシリアから受け取った残りのレーションを食べ始めた。
様子を見ていたベルカの視線は穏やかになり、それに少し恥ずかしさを覚えたのか首筋を擦りながら気まずそうに首を左右に振った。
食事が終わる頃には焚火は横たわる薪を燃やし尽くして、ゆっくりと空気を揺らす赤い炭だけになっていた。




