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白く遠い故郷への旅路 第十二話

 前方には乾いた大地が広がり、晴れた日差しの白い光を薄黄色に照り返している。

 以前、装甲車ごとトンボに持ち上げられた辺りを目指して車を進めるため、アクセルを踏みしめて速度を上げた。

 枯れた大地はにたような光景が広がっているが、その中にまだのこり続けているユリナたちがクライナ・シーニャトチカに訪れる度にタイヤによって轢き直されて出来た轍を頼りに進み続けた。


 一時間ほど走っていると車の幅広タイヤが巻き上げる砂埃も多くなってきた。砂漠に近づき、乾燥も強くなってきたのだろう。

 砂で深くなり始めていたいくつもの轍の横に窪んだ地形が見え始めた。見覚えのある場所で、おそらくユリナが以前トンボたちを焼き殺した辺りだ。

 あくまで見覚えのあるだけであり、厳密に同じ場所ではないだろう。乾燥地帯は目印が低木の茂みくらいしかない。

 トンボの死骸があるかと思ってもいたが、既に砂の下に埋もれて見えなくなっていた。砂漠が近いと大量の砂が風で運ばれてくるのだろう。

 砂はひとつまみでも服や靴に入れば不愉快で、そのうえ多くなればあっという間に何もかも強欲に飲み込んでいく。


 轍の上をひた走り、村から走った時間的なものと似ている場所という感覚だけでたどり着いたそこで車を駐めた。

 エンジンを止めてシートベルトを外していると、ベルカがシートの肩に手をつき後方の座席から顔を出してきた。


「おうおう、止まったみてぇだが、何かあるのか? 故障か?」


「前この辺でトンボの群れに遭遇した」


「群れ!?」と裏返った声を上げた。「そんなにいたのか!?」


 突然の耳元での大声に首を背けてしまった。


「そんなに驚くことか? 俺たちは一回しか遭遇してないけど群れだったぞ?」


「オレたち一匹で、多くて二匹しか見たことないぞ」


「あんときは六匹くらいいたな。ま、ほとんどユリナが撃ち落としたがな」


「さすが、プリャマーフカ……。ブルゼイ族の王様は伊達じゃねぇな」


 驚いているベルカの横からストレルカも運転席へと顔を出した。

 話を聞いていたのか、「そんだけいりャ、一人一匹でイケたじャねェかよ。あンの、クソ女……」と面倒くさそうに言って舌打ちをした。

 ストレルカは一度ユリナに蹴り飛ばされて痛い目に遭っている。口には出さないが、ユリナに対して相当に複雑な感情があるようだ。


「今さらだよ。あのときは何が何だか分からなくてとにかくデカいから喰われるかと思ってたし」


 俺にも後悔が無いかと言えば、そういうことはない。あのままボーッと乗ってさえいれば、もっと早く目的地に着いていた。

 だが、あのときはまだ本当に黄金がある黄金郷だと思っていた。何も知らずに何も無い所に辿り着いていたら、それはそれで別の問題も起きていただろう。


 ……いや、そうやって自分に言い聞かせたいところだが、実際問題は起きなかったかもしれない。

 俺は俺で黄金が無ければそれでも良しとも思っていたわけだし、北公にはありませんでしたと報告してムーバリを現地に連れて行けばそれで終わっていた。

 共和国側もマゼルソン法律省長官は最初から無いことなど把握していた。そちらではユリナが「クソジジィが!」とキレるだけで終わっていただろう。

 あのときトンボに大人しく誘拐されていればここまで面倒ではなかったかもしれない。仕方ない、で済ませるには我慢できないほど悔しさのおつりが来るぐらいに色々なことがあった。


 まぁ今となっては、しゃーない、のだが。

 アクセルを踏みしめて荒野を飛ばしたくなってきたが、車はもう止まっている。ハンドルを小突いて堪えた。


 ストレルカも思うところがあるのだろう。悔しそうに舌打ちをした。ベルカはそれを「オレたちだって逃げてたんだから仕方ねぇだろ」となだめていた。

 そして、砂をワイパーで避けてもなお黄ばんでいるフロントガラスに目をこらした。


「ここは見通しが利くなぁ。辺りに何にもねぇ。だが、そのトンボさえもいねぇじゃねぇか」


「見つけてくれるだろ。あいつらは空飛んでるわけだ。俺たちの倍は見通しが利くだろ」


「二人を見つけられるほどにトンボって目は良いのか?」


「複眼で人間の一パーセントしか見えないけど、その代わり動体視力がすごいらしい」


「動体視力ってこたぁ、動き回ってた方がいいのか?」


「んじゃ、どっか広い場所にでなよ。村から離れれば低木の茂みしかない。上のハッチを開けて、アタシとプリャマーフカをこいつの上に載せて走り回ればいいんじゃないかい?」


「セシリアに危ないことはさせたくない」

「アタシも一緒だよ」

「それはもっと危ないな」


 ストレルカが「ンだよ」とシートの肩に拳を叩きつけた。ベルカは「イズミ、お前も意地悪だな」とへっへと笑った。


「じゃどうするつもりだってんだい?」


「この辺りで走れそうなところをぐるぐる走って、ときどき駐まって外に出る。で、二人に車の周りをぐるぐる回ったり、車の上に登ってアピールしたりしてもらう。それでいいだろ。

 確かに何にも無いところで色の違うものが走ってるほうが見つけやすいかもしれないけど、車から身体乗り出すのはお前だって危ないだろ?

 俺だって障害物が無いから安全運転百パーセント、対人対物事故無し! ゴールド免許で保険料もお得! とは言いきれない。ブレーキとアクセル間違えるかもしれないぞ」


 ストレルカは、危ないと言うことを納得してくれたようだが、「そんなんで見つかるかよなァ」とぶつぶつ不満そうに言ったあと、首を下げると眉と口をへの字に曲げて黙った。


「トンボも駐まってた方が装甲車を掴みやすいだろ。

 とにかく、いったん降りろ。後二、三時間もすれば日が暮れる。

 俺も疲れたし、ここで一泊しよう。装甲車の中なら夜も安全だろ。

 空飛ぶのが怖いなら、寝てる間に運んでくれるかもな」


「もうちょっとナントカできねぇのかよ」


「うるせー。運転手は俺だ。運転疲れるんだよ。待ってりゃすぐに来るんだから待てばいいだろ」


 やや不満がありそうな二人に構わずに、運転は終わったことにして両腕を伸ばすと肘関節がパキパキと弾けるような音を上げた。

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