白く遠い故郷への旅路 第十話
「だけど、ちょっと問題もあるな。
トンボはユリナたちと連盟政府の魔法使いたちがかなり撃ち落としてたな。果たして生き残ってるのか。
“家族が少ない”ってことは数もそんな多くないはず」
「仮にトンボを呼べたとしてもどうやって運んで貰うんですか?
数が少ないのに、さらに殺されちゃっていたら、下手したら一人しか行けないとかなりませんか?
セシリアをたった一人で行かせるわけにはいきません」
ベルカはそれを聞くと騒ぐのをピタリと止めると、「お前ら、オレたちを置いてくなんて許さねぇぞ」と凄んできた。
まず俺かアニエスがセシリアを膝に乗せて一緒に現地まで運んで貰って、そこからポータルを……というのに二人が納得するわけもない。
「それはもちろんそうだ。俺、セシリア、アニエス、それから、ベルカとストレルカ。五人も同時に運ぶにはどうしたものか……」
「私も忘れんなよ」と横からエルメンガルトが突っ込んできた。ばーさん、マジで来る気か。全部で六人。
トンボの身体の中で乗ることが出来そうな位置は、おそらく翅の付け根辺りだけだ。尻尾は真っ直ぐだが身体が大きい分左右に振られて安定しないだろう。
そうなると安全に乗れる人数は二人か一人だけだ。
しかし、トンボの跳躍力は凄まじい。空を飛ぶデカいあの犬ではあるまいし、強烈な慣性力や重力がかかってただでさえ不安定な上に、風が吹き付ける背中には乗るなど怖くてしかたない。
では、乗るのではなく、足に掴まるというのはどうだろうか。
トンボの足はちょうど六本ある。エルメンガルトが行きたいと言えば連れて行くことも出来る。
だが、広大な砂漠を越えるには、障害物の無い空を飛んでいたとしても長旅になるのは間違いない。その間にこちらが疲れてしまう。
何かの拍子に手が離れて落ちてしまったら、砂漠の真ん中にぽつねんと取り残されるかもしれない。
移動魔法が使える俺やアニエスならまだしも、落とされてしまったら最後、目印一つ無い砂と空の世界から救出されることはなく、干からびるかスカラベの餌になることだろう。
トンボがどれくらいの高度で飛ぶのかは分からないが、そもそも落ちたら下が砂でも叩きつけられればひとたまりもないだろう。
トンボの足は歩くためではなく、もっぱら獲物を掴むためにあると聞いたことがある。
掴まれたら餌だと勘違いされ(もともと餌だと思っているかもしれないが)頭からムシャムシャと食べられてしまうかもしれない。
ブルゼイ族はいったいどうやってトンボで砂漠を越えたのだろうか。昔はもっとトンボが一人一匹なほどにいたのだろうか。
背中には乗れない。少なくとも六人をまとめて運んで貰いたい。
顎をさすり地面に視線を送りながら考えた。そのとき、足下に別珍で覆われた上品な小箱が落ちていることに気がついた。
足下に置いてあったので別珍の起毛の間という間に砂がつまりジャリジャリとした感触で埃っぽく、あのときから放置されていたのか何かの毛や泥まで付いていた。
ばっちいぃなと人差し指と親指でつまみ上げるように持ち上げた。
すると蓋が開いてしまい中から石にガラスを貼り付けただけの黄色や青の宝石がコロコロと出てきたのだ。
エルメンガルトがまだおかしかった頃に付けていた宝石のようだ。
全てを拾い上げて箱の中にしまい、砂と埃を払って棚の方へ移した。
ふと、そのとき何かを思いついた。
というよりも、何度も話に出てきていたが無視していたあることを思いだした。
何を考えていたのだ。単純な話ではないか。
「ユリナたちってまだ滑走路周辺に装甲車置いてあるかな? 俺共和国の免許持ってるから、たぶん運転できる」
「装甲車って、あの四角い硬い車のことですか?」
アニエスは何を言い出したのか分からないような顔で俺を覗き込んできた。
「確かに砂漠でも走れるとは思いますけど、いくら性能が良くても砂漠越え……」
しかし、俺がこれからしようとしていることを素早く察したのか、すぐさま飛び上がり後退ると「えっ、まさか。いやです。私は反対です! ありえないです!」と足の先から這い上がる恐怖に身体を震わせ肩を上げ髪を逆立てた。それに遅れて苦虫を噛み潰したような顔になった。
「それしかないよ。我慢してくれ。君とセシリアは俺が守るから。あと先生も。一匹でも生きていさえすれば、下手すりゃ五人以上運べるかもしれない。お前らは最悪たどり着ければ、何でも良いな?」
「オイオイ、穏やかじゃねぇな。何をどうするつもりだ?」
アニエスの不安な顔を見たベルカとストレルカが腕を組んだまま俺の方を見てきた。アニエスの不安が移ったのか、警戒するような顔をしている。
だが、説明するとビビる可能性もある。何をするかは実際にしてから知ってもらおう。
「待ってろ。ちょっと砂漠の方に行って装甲車借りてくる」