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白く遠い故郷への旅路 第九話

 確かにトンボを呼ぶのは簡単ではないかもしれない。クライナ・シーニャトチカに来てからはまだ一度しか遭遇したことがない。

 だが、ベルカとストレルカの話から考えれば、簡単に呼び寄せられるのではないだろうか。


「呼ぶというより、俺たちからは何のアクションをしなくても来ると思うぞ。たぶん、セシリアを目指して飛んでくるんじゃないのか?」


 セシリアは俺の言葉にびくりと肩を上げ、頭が膨らんだように見えるほどに毛を逆立てた。白い歯をむき出しにして、大きな黄色い目をさらに大きく丸くして俺を真っ直ぐ見ている。


 セシリアには申し訳ないが、もしかしたらそうなのではないだろうかと俺は薄々感じていた。

 直接遭遇は少ないが、共和国軍基地周辺でトンボが見られたという報告をユリナから何度か受けたことがある。

 それは決まって、砂漠に近い乾燥地帯にある基地に俺たち三人が訪れた後なのだ。


「あ? なんでそう言い切れるんだ?」とベルカは顔を上げて不機嫌に尋ねてきた。


「あんたら、特にストレルカ」と指名するように彼女の方へ顔を向けると、両眉を上げて見返してきた。


「あんたこの辺には住んで長いだろう?」


 ストレルカにそう尋ねると、「住むっつーか、確かに拠点にはしてたな。メリザンド先生もいたし」とウンウンと頷きながら答えた。


「あんたら二人組がトンボをちょくちょく見てたってのは、ストレルカの見た目に反応して集まってきてたんじゃないか?」


「確かに、アタシは王家諸侯のコズロフ家の関係だかなんだかで特徴がそれなりに強いらしいからな」と上着に付いているブローチを弾くように軽く触れ、エルメンガルトの方へ首だけで振り向き確かめるように眉を動かした。

 それにエルメンガルトは深く頷いている。


「だが、プリャマーフカはどうだったんだ?」とセシリアを見下ろした。


「アタシよりも高位のブルゼイ族で、王様っぽいンだろ? 蠅みたいにウヮンウヮン飛んできててもいいと思うけどなァ?」


 セシリアは口を一文字にして、ストレルカをじとーっとした目で睨みながらむくれた。


「セシリアに蠅が集るみたいに言うなよ。セシリアはここに来てまだ日が浅い。エルメンガルト先生はトンボをこれまで見たことがありますか?」


「いんや、なかったね。この子が現れてから初めて見たよ」と抱っこから離れ俺たちを見上げているセシリアの方を見た。


「つまり、クライナ・シーニャトチカに長年住んでる先生でさえ見たことが無いのに、セシリアはこっちに来てすぐに遭遇したってことは、やっぱりセシリアを目指して飛んで来てるんだと考えられる。

 しかも、最近活発になって人前に現れるようになったのは、セシリアとストレルカの影響じゃないか? 

 乗るためには手懐けなきゃいけないはずだ。かつてトンボたちを手懐けた主人たちの顔でも思い出したんだろ。

 俺たちが一番最初にトンボと遭ったとき、何台かある装甲車の車列の中で、大人しく止まったのは俺たちが乗っていた一台だけだったからな」


 ククーシュカだったときにも会っているかもしれないが、彼女は覚えていないだろう。尋ねるのは後回しにしておこう。


 そうなるだろうと思ったが、やはりベルカの顔が一遍にほころんだ。

 俺が言ったことはつまり、ブルゼイ族がいなければビラ・ホラへの到達は不可能と言うことになるからだ。


「なるほど、お姫様たちのお迎えってこった。ってこた、オイ。ブルゼイ族が仲間にいなけりゃたどり着けねぇってことじゃねぇかよ! 一番ちけぇのはオレたちだぜ!」


 ベルカは腕を振り上げ、ひゃっほうと声を上げて、怪気炎を上げている。まだかもしれないと言うだけ段階だというのに。

 何はともあれ、今はとにかく道は開けたのだ。そして、足で越えるなどと言う半端な方法では砂漠を越えられないと言うこともよくわかった。


「よかったな。焦らなくていいんじゃないのか?」


「おらおら、何野暮ったいこと言ってんだよ! オレぁ今すぐに行くぜ? お前らも当然だ!」

「迎えが来るのも待ってらんねェ! アタシらから探しに行くぞ! 出てこいやァ、クソデカトンボォゥ!」


 はしゃぐベルカとストレルカを他所に、セシリアは乗っていた装甲車ごとトンボに掴まれて数十秒空中を漂ったことを思い出したのか、顔を引きつらせていた。


「はは、安心しなよ、プリャマーフカ。今回はアタシもいるんだよ。正統ブルゼイが二人もいるんだ。トンボなんざ、心配しなくてもすぐにでも現れるさ」


 引きつった顔を見たストレルカが笑いかけながらセシリアにそう言ったが、セシリアは顎を引いて眉を下げ、引きつっていた顔をさらに曇らせた。

 どうやらストレルカが考えていることとセシリアの抱いた不安にはズレがあるようだ。それに気がついたのかストレルカは笑うのを止めると、目を開いたまま口を少し曲げた。


「呼ぶのは何とかなりそうだね。だが、あんたたちさっさと出てってくれないと、私の家にトンボが来ちまうよ。屋根を引っぺがされたらまったもんじゃない。また洟垂れに直して貰わなきゃな、はっは」


 口角を上げて皮肉を言いはするものの、どことなくエルメンガルトも嬉しそうだ。

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