白く遠い故郷への旅路 第八話
「じゃ砂漠の南は海だった? エルメンガルト先生、連盟政府で砂漠を探検した人はいるか知ってます?」
「いないよ。公的な記録ではいない。誰も帰ってこられないんだろ。
お前さんが今まさにおっ広げてる未踏無き世界地図を作ろうとした物好きが昔いて、エルフの国までは隅々まで探検したが、結局砂漠の方へ行ったきり帰ってこなかったそうだ。
エルフと人間の仲が今以上にすこぶる悪い時代にエルフの国に突っ込んでいって無事だったヤツが砂漠で消息を絶っちまうってのは、砂漠ってのはよっぽど危険なのかね。
実は逆に帰りたくないほどの楽園だったりしてな。
しかしまぁ、砂漠以外の全て画かれてる世界に三枚も無い絶筆モンの地図なんかどこで拾ったんだか」
エルメンガルトは立ち上がるとセシリアの側に来て「海である可能性には私も賛成さ」と言った。
そして、セシリアの頭に掌を載せると
「海って表現は、水にしろ砂にしろ、海そのものを知らなきゃ出来ないと思うね。それこそさっきの霧と同じだ。何かしらの形で知ってたんだろうさ」
と軽く抱き寄せて頭に顔を押しつけるようにして優しく撫でた。その反対の手で地図の端を波でも描くように擦っている。
以前、共和国軍部省一等秘書官のモアニ・カウイが人間の住む陸地をルフィアニア“大陸”と言っていた。
もしかして、共和国との境の川は、実は砂漠の方まで伸びていて、さらに川でもないのか?
共和国のエルフたちは間違いなく知っている。だが、俺はこれまで何度も共和国に赴いたが、地理について言及するような機会はなかったし、仮に聞いても国土防衛の観点から教えても貰えなかっただろう。
ブルゼイ族は条件を絞られていたが、遙か昔に空を飛ぶことが出来た。それにより空を駆け、人間世界とエルフの世界を隔てる南の果てが川なのか海なのかと言う真実を知っていてもおかしくない。
だが、あまりに遠すぎる。アヴローラの夜での飛行技術と関連のあるオーロラの出ている間にたどり着くには砂漠は広大すぎる。
なかなか出ない結論にベルカが飽き始めてしまったようだ。「ああ、めんどくせぇ」と髪の毛をクシャクシャとかきむしった後に腕を組んだ。
「もう、砂漠の南は海だったでいいだろ。海見つけて北に沿って歩きゃー着くんじゃねぇの?」
「目印がそんなアバウトなのは困る。もう少し考えないと遭難するぞ。移動魔法使えば帰ろうと思えばいつでも帰れるけど。何れにせよ、時間ばかりかかることになるぞ」
落ち着きが無くなり始めたベルカを諫めると「あぁ、そら困るなぁ」と腕をさらに強く組んだ。焦りを抑えてはいるようだが、足がパタパタと動き始めた。
「だけど、ひとまずそうだとして話を進めよう。まだ他にヒントはあるはずだ。
とにかく目指すのは極点だとしぼられたワケだ。だが、どうやってそこまで行くんだ?
クライナ・シーニャトチカの東側乾燥地帯は山が途切れていて、そこを越えれば砂漠だ。
でも、乾燥地帯も狭くないし、うまく抜けられたとしてもオーロラが見えるほど北上するには、いったいどれほどの砂漠を越えなければいけないんだ? 空でも飛ぶのか?」
苛ついた様子を見せていたが、ベルカは大人しくなり黙り込んだ。つられるように部屋の中は静まりかえった。
そこへ「トンボ……」とアニエスがぽつりとつぶやいた。
「“大きな背中に運ばれて私は故郷へと帰る。傷つけてはならない。長く生きる彼らには家族が少ない”の大きな背中はトンボの背中じゃないでしょうか。あれだけ大きければ人は簡単に運べるはずです」
「あのデカいトンボか。たまに飛び回ってるのを見たことあるぜ。確かにバカでかいから人くらい運べるんじゃねぇのか?」
ベルカがそう言うとストレルカが「デカいしあぶねェから、アタシらは逃げまくってたな。頻度も少なくねェから、この辺にいるときゃ結構用心してたんだぜ?」と言った。
二人はあの大きな蜻蛉に遭遇しているようだ。だが、珍しい生き物のはずではないのだろうか。
「ときどき見かけるほどのものなのか?」
「知らねぇよ。だが、あいつら増えるためには水辺が必要だろ?
砂漠のどこに水辺があるんだよ。しかも、あのサイズだぞ。それこそでっかい湖が……あ」
自らの言葉にベルカは何かに気がついたように視線を上に上げると、「水の海って、海じゃなくて本当にそのまま湖だったんじゃねぇか?」と首をかしげた。
「確かに、トンボは水に向かう習性がある。
最低限の人間も水が無ければ生活することは出来ない。
湖の近くにビラ・ホラがあるとすれば霧が全く出来ない環境でもない。
それにトンボは長距離飛ぶことがあっても、砂漠の果てが海だと分かるほど飛んでいくことは出来ないかもしれない。
でも、血より濃い水ってなんだ。トンボが導かれて戻るなら、湖は繁殖に適した淡水湖でなければいけないから塩湖の可能性はないな。そう考えると海も近くにあってもおかしくないはずだ」
「何でも良いだろ。まーた堂々巡りになるじゃねぇか。トンボがつれてってくれりゃあ、湖だろうか海だろうか、はたまた両方かなんざまるっと解決すんだろ」
「でも、どうやってトンボを呼ぶんですか? それに背中に乗るなんて無理ですよ」




