白く遠い故郷への旅路 第七話
「あるなぁ、確かに。あれにゃそんなデカい意味があったのか。見てるだけで何にも考えてなかったぜ」
「知らないと思うが、ある国の昔の航海術で同じ星を目印にしていたんだよ」
ベルカはさらに混乱したのか、首をかしげると「その星を持ち上げるってのはどういうことだ? 巨人にでもなって空でも持ち上げるのか?」と尋ねてきた。
「巨人にはなれない。けど、天は持ち上げられる。当然だけど、物理的に担ぐわけじゃない。持ち上がったように見る方法はある」
部屋の中を見回して球体を探したが手近な物が無かったので、代わりに紅茶を運んだときに使った丸いトレーを持ち上げて「俺の指が地軸だと思ってくれ」と両端を人差し指で支えて回転させた。
「霧星帯の上にあるナイア・モモナ、スプートニクを高く上げる。
この星は銀河と地軸が垂直だから霧星帯は地平線近くに見えるんだ。
俺は赤道付近まで行ったことが無いから知らないけど、そこまで行くと霧星帯は真上に来るハズなんだ。赤道まで行くってのは地軸から離れるってことになるからな。
つまり、南下して霧星帯を頭上に持ち上げれば、一緒にスプートニクも高く空に上がるんだ」
スプートニクの意味が分かった興奮の余韻を残したまま熱っぽく説明したが、誰も理解している様子は無かった。
こいつは何を言っているのだ、とでも言いたげに皆口を薄く開け、乾いた眼差しを俺に向けている。
理解を得るには、そもそもこの世界は天動説と地動説のどちらが主流なのか、そこからかもしれない。
丸い板を回転させて説明をするのは相当な無理がある。下手をすれば天動説で話が進む。
ええい、面倒くさい。勢いで誤魔化してしまえ。そうすればそうなると説明を力押しした。
とりあえずその勢いが功を奏したのか、開いていた皆の口は閉じたので、一応そうなのだな、という理解はしていないが薄っぺらな同意は得られた様子だった。
「はぁ、なるほどねぇ。私らがその球の表面に住んでるんなら、確かにそうなるわな。しかし、どこから下るんだい?」
言ったことを理解してくれたのか真っ先に表情を戻したエルメンガルトがそう尋ねてきた。
賢い人が納得した様子を見せてくれたので、理解は後で付いてくるとして、同意はさらに確かなものになるのを肌で感じた。
「おそらく、ヘスカティースニャはビラ・ホラの場所そのものの歌だと思う。
導きの歌であるならば、本来ならビラ・ホラを外から見たときの景色を歌うかもしれない。
でも、この歌はビラ・ホラの特徴ばかり歌っている。たぶん、そこから南に下るんだ。
もしかしたら、ほとんど極点に近い位置にあるのかもしれない」
「なるほど、極点か」とエルメンガルトは納得したように頷いた。
「かつて連盟政府を翻弄した“アヴローラの夜”はオーロラだったはず。確かに、極点に近づけば見ることもできるね。
ヒミンビョルグの北側に行けば見られるとも聞いたことがあるが、私ゃ見たことは無いが」
「極点付近ってことァだいぶ範囲を絞れるんじゃねェのか?」とストレルカが身体を乗り出して来た。
俺はフリッドスキャルフを再びテーブルに広げ
「北に真っ直ぐ進めばいいってのは分かったな。だけど、他にも目印を見つけないで進んでたら北の果てまで辿り着いてしまう」
と人差し指で何も書かれていない東側を差し、北の方へとなぞるように動かしていった。
ベルカは俺の指のさらに先、真っ白の紙の端に掌を置くと「そら、アレだ。現地の話なんだろ? 水の海がどうとか言ってたじゃねぇか。それが目印だろ」と言った。
「砂の海と対になる水の海はなんだ? 砂の海は砂漠で良いとして、水の海は湖か?」
「それ以外にある水に関する記述は“平原の愚か者たちは分かつ水の味を知らない。その味は血よりも濃いことは私たちだけの秘密”ってのがある。
その“分かつ水”と“水の海”は同じもので良いのか? それで考えれば、血よりも濃い味のする水が溜まる湖ってなんだよ」
「ねぇ、これって海じゃないの?」
もう歌ったことへの恥ずかしさは収まったのか、セシリアはそう言いながら、飛び跳ねるようにしてテーブルに目から上だけを覗かせて紙を見ようと試みた。
セシリアにも紙全体が見渡せるように抱き上げると湖の文字を指した。
「どうしてそう思うんだい?」
「転んだときにすりむいて、舐めたらしょっぱかったもの。昔聞いたことがあるの。海って塩水でしょっぱいって。海に行ったことがないから知らないけれど」




