白く遠い故郷への旅路 第四話
テレーズといえば、聖なる虹の橋に所属していた者に同じ名前の女がいた。
その女は、貴族の家に容易に入り込む為に優秀な家庭教師を装い諜報活動しており、ククーシュカの育ての母親のような立場でもあった。
しかし、反体制を掲げた貴族を根絶やしにする任務に失敗した後、同僚によって差し向けられた者たちのよって致命傷を負わされ、シバサキとククーシュカに看取られて死んだと聞いていた。
デタラメと言い放たれたラジオで流していた曲は、セシリアがまだククーシュカだった頃に歌って貰った曲を録音したものだ。
ククーシュカは幼いときからテレーズと行動を共にしていた。
もしかするとテレーズは、ククーシュカがまだ幼いときにふと口ずさんだブルゼイ語オリジナルの曲を連盟政府に都合の良いようにデタラメに訳していた可能性が高くなる。
俺はすぐに納得できたので「確かにデタラメかもしれない……」と溢すように小さく囁いた。
エルメンガルトは怪しむように眉を寄せて「バカにあっさり認めるじゃないか。妙に詳しいようだが、ソイツについて何か知ってるのかい?」と首を後ろに下げた。
「その家庭教師の女を知ってるかもしれないんです。
確実にそうだとは言えないんですが、俺の知ってるテレーズと言う名前の家庭教師風の女は少なくとも一人しかいないし、おまけに政府の諜報部員だった。
そのテレーズに教えを受けてた人を知ってる。それこそがこのラジオの歌を歌った張本人なんですよ」
「はっ、そうかい」とエルメンガルトは鼻を鳴らした。そして、「私を放逐しておいてさらにプロパガンダにも利用したわけか」と吐き捨てるようになった。
連盟政府が彼女にしたことを考えれば反応が擦れたものになるのは仕方が無い。
「テレーズはもう死んでます。その歌い手も俺たちの目の前で安らかに死んでます。どうしようもない。
ラジオの曲がデタラメなことがより具体的になっただけですが、それで充分ですよ」
「歌い手まで知ってんのか。あんたも顔が広いね。ブルゼイ族とおいそれと仲良く出来るたぁ……いや、」
驚いたように言ったがすぐに言葉を止めた。そして、「あの女か。ああ、死んだな。死んだことにしといてやるよ」とエルメンガルトはちらりとセシリアを見た。
俺がククーシュカの時間を戻したのは、他でもないここエルメンガルトの家だった。彼女はまさにそのときその場にいた。
エルメンガルトは俺が“相対的時間減衰”をククーシュカに使う瞬間こそ見てはいなかった。
だが、大人が入った部屋からその大人にそっくりな子どもが出てきたことを目撃していたので、何かをしてククーシュカをセシリアとして新たに人生を歩ませ始めたことは知っている。
俺がそのとき使った魔法について詳しく説明はしていない。だが、時間を戻しているという不自然で不平等な現象が起きたことに何かを察してくれたのか、問い詰めてくるようなことはなかった。
「まぁどうでもいいさ。デタラメならそれなりに扱えばいいだけさね。大事なのはセシリアの歌だけだ。歌の解説を簡単にするよ」