表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/1860

マリナ・ジャーナル、ザ・ルーアによる共同取材 その5

「反吐が出そうな話ばかりですね……」


 デラクルスの足はいつの間にか組まれて、足先は窓の外を向いていた。パタパタと宙を蹴るように動いている。申し分ないほどに不愉快だったのだろう。


「当時はぼくも目的をハッキリさせられていなかったですし」


 気がつけば俺もソファからずり落ち気味になっていて、浅く腰掛けていることに気がついた。話す側がこれではデラクルスにもザ・ルーアの記者にも申し訳が立たない。一度立ち上がり、スラックスをあげてジャケットを軽く払った後、ソファに深くかけ直した。


「それにしても、統括官のブレーン、ワタベという男もなかなかなことをしていたのですね」

「まぁ……正直、彼が何をしたかったのか、今でもちょっとよくわからないんですよね」

「しかし、それよりもやはりアンネリ氏には同じ女性として感心しますね。その、かなり大変だったのではないでしょうか? リーダーとして彼女の意見も尊重して、慎重になっていたようですし」


 デラクルスも姿勢を正し足を並べ直すと、アンネリの話に食いついてきた。

 俺はヒューリライネン夫妻もさることながら、それから生まれてくる子どもたちにもだいぶ迷惑をかけた。大変だったどころでは済まないだろう。


「ミセス・デラクルス、失礼かとは思いますが、もしかしてお子さんはいらっしゃいますか?」

「ええ、私は上の娘が7つでモンタルバン魔術学校に通っています。それから下の息子が4つですね。息子の方は今ホテルの託児所にいますね」

「ご立派ですね。ぼくとさして年も変わらないというのに立派に仕事も子育てもされて」


 そう言うと、何故か後方壁際のザ・ルーアの記者がにょきっと顔を出して俺を遠巻きに見つめていた。その訴えかけるような視線とうっかり目が合ってしまうと、彼は両眉を上げてにかっと笑った。

 実は子育てはしていた。ほんの少しの間だけだ。父親としての勤めをしっかり出来ていたか、それはわからない。ユリナがそのときの俺を知っている。きっと彼にも話したのだろう。


「モンタルバンと言えば、ユニオン初の魔術専門学校でしたね。何でも、学校に汽車の駅があるので、ユニオン全土から学生が集まってくるとか。出来たのは戦後と歴史は浅いですが、教員はかなり優秀な人材で固めていると聞いています。ぼくも大統領直々に声をかけられたのですが、フロイデンベルクアカデミアが先でしたのでね、ははは」

「娘はモンタルバンで早期課程を修了して卒業後にはフロイデンベルクアカデミアに入りたいそうですよ。イズミさんに師事する日も近いかもしれませんね」

「あそこは色々ぶっ飛んでますよ? 噴水が色つきだったり、足の多い犬がいたり、死体抱えて歩く教員がいたり。ですが、責任を持って教えますよ。怪賢者ジュワルツゾンプの二つ名にかけて」


 首を傾けて覗き込むように笑いかけると、デラクルスは困ったように愛想笑いを返してきた。


「そういえば、モンタルバンが優秀な教員で固めているというのは、あそこには“ハナズオウの杖”が封印されているのではないかという噂がありますが?」

「ははは、それは知りませんね。ですが、ハナズオウの杖は曰く付きで有名ですね。本来、杖はそこまで意味を持たないですが、あれに関しては、ちょっと、ね」


 彼女の言うとおり、実はハナズオウの杖はモンタルバンに封印されている。機密だがモンタルバンの地下には特定奇異遺物管理局(レリキエ・サグラダス)があるのだ。そこにあるのはハナズオウの杖だけではなく、“金属を含めた物質の既成概念を無視した錬成方法の確立”についての論文も封印されている。

 将来有望な若者が集う学び舎に過剰な力を見いだす物を保存するのは、学生たちへ危険が及ぶ可能性が高いかもしれないが、優れた魔法使い、錬金術師、僧侶を教員として一カ所に集めるには魔術の専門学校というのが適切なのだ。


「噂はあくまで噂に過ぎなくて、その杖が何故危険なのかははっきりしていません。ですが、そこまで警戒されるというのはやはりワタベが持っていた杖だからなのですか?」


 しまった。

 俺は話の中でワタベの杖がハナズオウで出来ていることをうっかり言ってしまっていた。


「言うつもりは無かったのですが、秘密というわけでもないので言いましょう。確かにワタベの杖はハナズオウで出来ていました」


 デラクルスは首を傾けてさらに話せと促してきたので、話を続けた。


「今どこにあるかは知りませんが、見つかり次第、即封印でしょうね。何故ハナズオウの杖だけが警戒されるのか。それは誰が持っていたかよりも、その杖そのものに意味があるのです。魔法を扱う者が杖を持つようになる過程を覚えていますか、ミセス・デラクルス?」


 そう尋ねると、デラクルスは顎にペンを当て天井に視線を送り、思い出し始めた。


「確か、魔法使いなどに選ばれると、何かしらの形で杖を手にする。選ばれない人は、たとえその人がどれだけ強欲でも、杖と接してもその必要性を見いだせない。杖との出会いがどのようになるかは人それぞれ。強烈に欲しくなったり、作りたくなったりとさまざま。学校を出たとしても、自分に合う杖が見つからなくて杖が無い人もざらにいる。誰かを殺して奪うという場合もある。でしたっけ?」

「ええ、そうです。杖とは惹かれ合う。つまり、杖はその為人(ひととなり)を著すことが多いのです」


 そう言いながら、腰に付けていたアカガシの杖を手に取って見せた。

 俺の杖はアカガシを軸に用いている。アカガシの花言葉は「人間らしさ」「炎」「勇気」などなど。果たして俺にそれはあるのか、自らに問うてみる。


 人間らしさ、はまだ人間であるからいい。炎、確かに俺は炎熱系の魔法が得意。そして、勇気、共和国に行くまで俺はそのようなものを一切持ち合わせていなかった。後に勇者というまやかしの立場を失って初めて俺は勇気を得た、のかもしれない。それぞれには裏意味もある。人間らしさは理性の檻、炎は破壊、勇気は無謀である。思い起こせば、今日に至るまでしてきた数々のことにそれもらも当てはまるかもしれない。

 ひやりとして輝く杖を撫でながら俺はデラクルスに再び質問を投げた。


「そこで、ハナズオウの花言葉はご存じですか?」

「何でしたっけ? 高貴、目覚め、豊かな生涯……、それから……。まさか!?」

「そのまさかですよ」


 デラクルスは驚いたように目を見開いた。しかし、それと同時に何かを理解したかように、ゆっくりと首を上下に動かした。


「そういうことですか」

「ぼくは、サント・プラントンでハナズオウの杖から真っ赤な花が咲き誇る瞬間を目の当たりにしました。綺麗だったと言えばそうですが、それは花だけを見た感想ですね」



「……なるほど」


 デラクルスはしばし黙った後にそう囁いた。


「ま、それもだいぶ後の話ですが、まだワタベについての話は続きますよ」

「まだ反吐話は続くのですか?」

「これからヒューリライネン夫妻には一回目の事件が起きますからね。胸くそ悪さはピークを迎えますよ。……五年前から聞いたのはどちらさまでしたっけ? ミセス・デラクルス?」


 うんざりした様子のデラクルスは両掌を天に向けて肩を上げた。そして、一回目、ふぅん、と鼻から息を吐き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ