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白く遠い故郷への旅路 第二話

 私はちいさいグスリャル。山の下に消えた霧は見えない。ちいさな私が霧を見るには“見守る者”を高く持ち上げなければいけない。

 私はあおいグスリャル。砂の海を下り霧が登れば、水の海を見ることができる。風に埋もれた道をたどり、広がるそこで歌いたい。

 私はゆたかなグスリャル。吹きだまりは私たちを守った。緑溢れぬ豊かさは私たちを満たしてくれる。

 私はみちびくグスリャル。映すのは氷河、黄色い星が見通す先に道は開ける。


 私はとべないグスリャル。大きな背中に運ばれて私は故郷へと帰る。傷つけてはならない。長く生きる彼らには家族が少ない。

 私はあわれむグスリャル。平原の愚か者たちは分かつ水の味を知らない。その味は血よりも濃いことは私たちだけの秘密。

 私はたゆたうグスリャル。セシリアは民にこの歌を忘れるなと教えて回った。姫の優しさは邂逅の日まで久しく。



 セシリアは、どこか音程が外れているが高く澄んだ声で白い山の歌(ヘスカティースニャ)を歌った。

 かつてククーシュカだったときそれとは違い、グスリの音色もなく、子どもが一生懸命に歌うのでうまいものではなかった。


 しかし、それはうまい下手ではなく、こうして聴くことが出来たのが幸せなのではないかと思う様に前向きだった。

 これまでの白い山の歌はただのそれでしかなく、セシリアが歌うことでやっと本物の白い山の歌(ヘスカティースニャ)となるのだ。

 本物のそれは、見たことも訪れたこともないのに、希望に満ちていたビラ・ホラの街へと遅く遠い春の風が流れ込んでいき、少ない緑が精一杯に青くなっていくような光景を呼び起こす、素晴らしいものだった。

 幼いセシリアには歌詞の意味など到底分からないだろう。(あるいは……)。だが、歌声はその全てを知り尽くしているかのように響き渡ったのだ。


 俺が聞き惚れて黙り込んでいると、エルメンガルトが小さな歌姫に拍手を送った。


「お歌はこれで全部かい?」


 エルメンガルトが耳まで真っ赤のセシリアに尋ねると、彼女は顔を両手で押さえたままウンウンと頷いた。

 まだ恥ずかしい様子のセシリアを撫でると、ズボンにしがみついて顔を押さえ付けて隠してしまった。


 セシリアの歌を俺とエルメンガルトがそれぞれに紙に書き起こした。

 どちらも大した差はなかったが、念のために、個人の価値観が無意識に反映されてしまう俺の翻訳よりも、学術的であるエルメンガルトの方を優先することにした。

 服にしがみついて顔を隠すセシリアを抱いて先ほどのリビングへ戻り、それをみんなに見せた。

 ベルカとストレルカは読み書きが怪しいので読み上げてやった。


「アタシらの歌は半分だけだったんだな。

 だが、なァ、ラジオで流れてる部分が一文字もねェようだが?」


 翻訳を聞いたストレルカが人差し指と中指で紙束をつまみ上げると顔の前で揺らした。


「無さそうだな。それか、元々は同じ古代ブルゼイ語だったけど訳し方で変わってきて別の歌詞になったかだろうな」


 エルメンガルトは歌を聴いてから何やら押し黙ったままだ。唇に人差し指を当て、何かを考えている様子だった。

 ストレルカがつまみ上げていた紙を取り上げると、それからも何度か紙を読み直した。

 しばらくそうしていたかと思うと、何かを納得したかのように頷き「本家に無いようだね。やっぱりか」とつぶやいた。

 手に持っていた紙を丁寧にテーブルに置くと、今度は棚に隅に積まれていた本に押しつぶされてクシャクシャで皺だらけの別の紙束を引っ張り出した。

 積まれていた本は倒されると、積もっていた埃を一斉に巻き上げた。だが、その書類束は本に押しつぶされて角が潰れているが日焼けはしておらず、新しめの紙だった。


「ラジオのヤツはこれだよ」と言ってそれをテーブルの上に放り投げてきた。



 私はさえないグスリャル。北風の行きつく先の白い石の山は私の故郷。渇きの山は私たちを潤した。

 私はしがないグスリャル。山にたどり着きたければロバに尋ねるな。嘘をつかない彼らは無知なだけ。

 私はさまようグスリャル。故郷を鳥たちに教えてはならない。死骸をついばむ鳥たちは故郷を燃やした。

 私はいかれるグスリャル。罵るロバに歌を教えてはならない。霧から一番離れた星の真下に刃を向けるから。



 その表紙にはラジオで流れている白い山の歌の歌詞が書かれていた。

 エルメンガルトは全員が見終わるのを首を回して確かめると、左手で再び持ち上げて表紙を曝すように見せた。そして表紙をパンと叩いた。


「こいつはラジオのエノクミア語の歌詞を書き写しただけのモンだ。

 最初に頼まれたときに作った書類を読んでるからすでに知ってるとは思うが、ラジオのエノクミア語の歌の中身はほとんどデタラメだよ」

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