白く遠い故郷への旅路 第一話
「歌を全部思い出した!?」
セシリアが歌を思い出したことをみんなに告げると、一斉に俺の方に視線が集まった。
「おい! オイ、オイ! そりゃ本当にマジか、プリャマーフカ!?」
ベルカは慌てて立ち上がろうとしたが支えた腕が一度滑って尻を突いた。四つん這いになって地面を掻くように立ち上がると、勢いをそのままにセシリアへとのしのしと近づいてきた。
それに驚いたセシリアは泣きそうに顔を歪めると、左右に首を動かして辺りを見回して俺の後ろに隠れてしまった。
「ベルカ、落ち着け。この子はまだお前たちが怖いんだから」と迫ってくるベルカの前に手を出して押さえた。
しかし、彼は止まることなく目の前までやって来ると「す、すまん。だが、教えてくれ! 頼む!」と縋るような眼差しを俺とセシリアに投げかけた。
エルメンガルトの方へ勢いよく振り向くと「しかも、ば、ばーさん、アンタのいるところで良かったぜ。すぐに解読してくれ!」と大げさに両手を挙げた。
「図々しいガキだね。モノにゃあ頼み方ってモンがあるだろ。だが」
エルメンガルトは組んでいた腕をほどくと、座っていた椅子の肘掛けに頬杖を突きベルカを見た。
「やってやらんこともない。誰も知らない歌を一番に訳せるってのは光栄じゃないか。研究者冥利に尽きる。
まぁ今やそれが出来るのは私だけで一番もクソもないんだがね。
まずは歌を聴かせておくれ。それからだよ」
「セシリア、歌えるかい?」
再び屈んで視線を合わせて尋ねたが、黙り込んでコートの裾を掴んでもじもじと肩を丸めて縮こまり始めてしまった。
手の中に裾をぐるぐると巻き込むと顔を真っ赤にしてしまい、最後には口をとがらせて下を向いてしまった。
「恥ずかしいんだね。じゃあパパだけにこっそり聞かせてくれないか?」
「おい、ズルいぞ! 誤魔化すのかよ!」とベルカはまたしても肩を膨らませて目の前まで迫ってきた。
「お前、ちょっといい加減にしろよ」と睨みつけた。
焦っているのは分かるが、そこまで刺々しい感情をむき出しにしてはセシリアが可哀想だ。
ただ単に可哀想なだけではない。セシリアは心身共にひびの入ったガラス瓶のようにとても脆い。
過度な刺激でせっかく思い出した歌をふいにしてしまうかもしれないのだ。
「焦るのは分かるけど、落ち着け。約束しただろ。俺はあんたらを騙すようなことはしない。信じろ。
今みたいにそうやってこの子を追い詰めたら、ホントに間に合わなくなるぞ」
「だがまぁ、イズミの洟垂れだけに聞かせるってのは、私も賛同できないねぇ」
エルメンガルトがそう言うと椅子から立ち上がり、俺のすぐ横に来て屈んでセシリアに微笑みかけた。
「お嬢ちゃん、私にも聞かせてくれないかい? あんたのパパの聞いたものを訳しても、あんたのパパの歌になっちまうんだ。恥ずかしいならばぁばが一緒に歌ってあげるよ」と頬を撫でた。
すると、セシリアは下を向いたままウンと頷いた。
俺はセシリアの背中を軽く押しながらエルメンガルトと共に家のさらに奥へと入った。