黄金蠱毒 第百三十八話
撤退しない理由が“まだ黄金があると思っている”のか、それとも、“無いことなど最初から知っているが何かしらの理由で撤退しない”のかはまだ判断できないのだ。
もし、まだあると思っているなら俺はムーバリとの約束があるので離脱は出来ない。
何も言わずに立ち去れば、北公から受けた恩赦を踏みにじるだけでなく、ムーバリと俺を引き合わせてくれたマゼルソン長官にも顔向けが出来ない。
それならば、これからすぐにでも彼らの拠点に向かい黄金など無いと伝えに行けばそれで終わりにできるかもしれない。
尻切れ蜻蛉のような中途半端ではあるが幕引きには出来る。
しかし、最悪なのは“何かしらの理由”があるときだ。
何も考えずにベルカとストレルカを置いて一度報告に彼らの拠点に向かったとしよう。その理由の為に何をしてくるか、考えたくもない。
俺たちには黄金捜索だと言ってクライナ・シーニャトチカまで来させたからには、その理由に俺たちが関係していることは間違いない。
そして、目的が黄金ではなかったとしても、その鍵を握るのはセシリアであることも分かる。
セシリアを俺とアニエスから引き離すのは逆効果であるというのは分かっている様子であり、よほどの理由が無ければ三人揃って拘束される程度で済むかもしれない。
だが、そうなってしまうとブルゼイ族の二人を放ったらかしにすることになる。野放しにするくらいなら財宝の一つで見つけてやって、それで財を成して普通に暮らして欲しい。
何かしらの理由がどんなものであろうと、彼らが今まさに起こしている連盟政府に対する反乱、そしてやがてする独立に向けたものであるのは間違いないのだ。
戦線を拡大するようなものならば止めなければいけない。
俺はベルカの肩からゆっくりと手を放した。
しかし、一度は落ち着かせられたはずのベルカは、離れていく手をたぐり寄せるようにして再び詰め寄ってきた。
俺の中に思うところが山のようにあることは顔に出ていたようだ。
「お前、嘘つくなよ? オレたちのためとか、建前も良いところだ! 何か隠してんだろう?」
「隠す? そうだな。隠してることはある。たぶん」
「アンだよ、たぶんって!」
「隠し事してるのは俺じゃない。俺はどうもそれが気になる。だからまだ出ては行かない」
「誰だよ!?」
「ムーバリ、というよりも、北公の連中だ。話せば長い。
俺がスヴェンニーの友達にの話を聞いて黄金が無いことを知ったのとほとんど同時に、あちこちの組織もそれに気がついて撤収を始めていた。
あれだけ騒ぎになったんだ。あいつらも漏れなく知ったはずだ。
だけど、俺は戻ってきてユリナに話を聞いてから、先史遺構調査財団、連盟政府、協会、商会の人間には会ったが、北公の人間に誰一人会ってない。それが色々疑わしいんだよ」
北公が黄金など無いと知ったのは、他の組織と同じタイミングではないはずだ。
撤退だの何だのでクライナ・シーニャトチカがざわつくよりももっと前、全てのことが始まる前である可能性すら高い。
ざわつき始めてからは鳴りを潜めたかのようにムーバリの気配もない。だが、北公の拠点からは呑気にも炊事の煙という、生活の痕跡が今もまだ呑気に上がっているのが見える。
普段であれば村を歩けばオスカリにしろイルマにしろ、監視しているのか必ず会うのだ。
しかし、昨日あれだけ大勢の人が入れ替わり立ち替わり来たにもかかわらず、二人やムーバリは未だに顔を見せていない。
それはまるで意図的に誰にも会わないために息を殺しているかのようでもあるのだ。
その反面、隠そうともしないその煙はまだ自分たちがここにいることをアピールしているかのようでもある。
あえて不気味に手を引くことで俺たちの気を誘導して、拠点に来させようとしているのかもしれないと勘ぐってしまう。
「チクショウ……。あのスヴェンニーどもか。なに考えてやがるんだ」
二人は拳を握ると、北公の拠点の方へ振り向いた。眼瞼を震わせ、歯を食いしばり頬が膨らんでいる。
「前とはえらく反応が違うな。スヴェンニーだなんて声を荒げて、何かあったのか?」
「あいつらは、スヴェンニーたちはオレたちブルゼイ族に恨みを持ってる。細けぇことはエルメンガルトのババァに聞け!」
「ここまで付き合っといて無きゃおさらばにしねェ。その隠し事がなんなのか分かるまで最後まで付き合うぜ。何のつもりか知らねェが、アタシらが先にビラ・ホラにたどり着かなきゃならねェんだよ!」
「おい、イズミ! スヴェンニーどもよりも先にビラ・ホラを見つけるぞ!」
二人はまたしても焦りに身体を浮つかせ始めた。「なんだよ、黄金は無いのに急に焦りだして」と言うまもなく、俺は手を引かれた。
それを見たアニエスはセシリアを抱き上げると駆け足になって付いてきた。
何処へ行くのか分からず不安な表情を浮かべ始めたセシリアを見たベルカが彼女を気遣ったのか、「説明が面倒くせぇ! 今からエルメンガルトのばーさんのところに行く。それで話を聞け!」と声を上げて行き先を告げた。




