その槍の名は 第六話
「そして、スヴェンニーたちの錬金術は大いに発展した、と」
エルメンガルトは大きく頷くと、椅子を引き寄せて腰掛けた。
「尤も、今じゃ魔法も錬金術も使うのは同じ力で、違うのはやり方だけで、そもそもの魔術習い適性があれば魔法も錬金術も治癒魔法も学べばどれでも使える世の中だってのがわかったらしいがね。
スヴェンニーたちはその後のことも考えると忍びないな。どっちも哀れなこった」
腕を組み壁に寄りかかって話を聞いていたストレルカが「そりゃあ確かに、衝撃的な話ではあるなァ」と身体を起し「だが、それだけじゃアタシらに話したくない理由としちゃ弱いね」と肩をすくめて両掌を上に向けた。
「今の世で差別されてそれに抗いならず者になったのは、アタシらにはちょうど良い罰じゃないか。
小言はどうでもいいんだよ。さっさと歴史を」
エルメンガルトは「黙んな、ブルゼイの小娘が」とストレルカをピシャリと止めた。そして、先ほどの様な強い眼差しを彼女に向けた。
「話はまだ終わってないよ。私の気遣いは他でもないアンタに向けたもんだ」
ストレルカは驚いて目を見開いたが、「ンだよ。さっさと言えよ、まどろっこしい」と悪態をついた。
するとエルメンガルトは怒ったのか、立ち上がりストレルカに迫った。そして、人差し指を胸に突き当て二、三度つついた。
「じゃあその可愛いちっちゃな赤いお耳でよくお聞きな。
正統、下位、そして、第三の階級を作ったのは、他でもない初代コズロフ家当主ルカンだ。
コズロフ家ってのはブルゼリアにあった王家尚書諸侯の一角で、ブルゼリアが現在の連盟政府に滅ぼされて無くなるまで続いた名家と言えば名家。
イズミの洟垂れ小僧には前に話したが、コズロフ家は将軍職に就くなどの軍部尚書の家系だ。
だが、正統ブルゼイの王家尚書諸侯であっても、そこでの地位は低かった。ほとんど最底辺と言ってもおかしくない」
ストレルカは寒さで赤くなっている耳を弄くった。気まずそうになるとすぐに手を離し、指先とエルメンガルトの顔を交互に見た。
圧倒されていたが「コズロフだかなんだか知らねェがそれと何が関係あるんだよ?」と尋ね返した。
「王家尚書諸侯には家柄を示す紋章がある。
ルスラン直系セシリア継代王妃家系はシオカラトンボだ。トンボは珍しい虫だが、トンボと言われてまず思い浮かべるシオカラトンボの形だろう。つまりトンボの姿の代表格みたいなもんさ。
そこから家柄が下位に行くにつれて様々な特徴が出るんだ。
そして、コズロフ家の紋章はチョウトンボ。文字通り、チョウのように大きな翅を持つトンボだ。ぱっと見だけではトンボの仲間だとはわからんだろ」
エルメンガルトはストレルカの上着に付いていたトンボのブローチを引っ張り上げ、さらに迫るように顔を近づけた。
「そこで、あんたの持ってるこのブローチ。それはどう見てもコズロフ家のチョウトンボだ。
洟垂れ小僧の連れてるシオカラトンボのブローチを付けたガキンチョに比べたらそこまでだが、あんたの特徴も正統ブルゼイの血筋としては尚書諸侯に並ぶものだ。
見てくれもそうだが、そのブローチが親の形見ってんなら、あんたは間違いなくコズロフの末裔だ。差別を始めた愚か者の末裔」