その槍の名は 第五話
「おそらく私がもう何十年か。そう、おそらく橋での攻防よりも前に歴史を発表していたならば、ここまで落魄れはしなかったろうね」
最後の戦いでもあり、ある意味での人間とエルフの雌雄を決した橋の戦いの英雄がスヴェンニーであることへの認識が広まるのに当時は時間がかかったので、しばらくしてからスヴェンニー差別撤廃への議論が本格化した。
世論に押されて政府の息のかかったスヴェンニーが十三采領弁務官理事会に入った。
連盟政府も当初は建前だけの予定だったが、その弁務官が理事会に入るや否や何やら妙な後ろ盾が付いて発言力を次第に強めていったそうだ。
その妙な後ろ盾も其処彼処に顔が利き、連盟政府もご機嫌を取らざるを得なかったのだ。
私は最悪のタイミングだと知っていたが、ブルゼイ・スヴェンニー同祖論の発表を焦っていたし、そう言った状況下であるからこそ注目を集められるとある種の反骨精神に飲み込まれていた。
案の定、それを発表しようとしたら動きは速かった。
例のスヴェンニーの弁務官よりも先に、政府そのものが潰しにかかってきたのだ。ダメ云々ではなくて、弁務官とその厄介な後ろ盾と揉めたくなかったのだろう。
だが、その後、その弁務官が妙な後ろ盾と喧嘩したらしく、弁務官なら誰でもしていそうな汚職をすっぱ抜かれた末に職を追い出されて、差別撤廃が暗礁に乗り上げて停滞した――。
「そんな時代背景なんざどうでもいい。
スヴェンニーはブルゼイ族の差別により生まれたんだよ。つまり、元はと言えばスヴェンニーはブルゼイ族なのさ。
かつてブルゼリアと言う国で用いられていた階級制度の正統ブルゼイと下位ブルゼイのさらに下の地位の人間たちだ」
ブルゼリア代々の女王様は魔法での国の発展を望んだ。
だから、錬金術はまだ概念すら存在せず、錬金術の素養がある者たちの能力は見過ごされており、魔法が使えない者たちと同等だった。
魔法を使えない者、つまりブルゼイ族としての特徴を持っていない者たちは多くが追いやられ、やがてその扱いに耐えかねて脱走した。
ルーツは同じはずなのにスヴェンニーとブルゼイ族の容姿が似ても似つかない理由はそれだ。
抑圧の中での生活よりも過酷だが自由な世界を求めて国から逃げ出した者たちは、道は穏やかだが連盟政府成立遙か以前の群雄割拠で絶えず血が流れていた平地を通るわけにいかず、ヒミンビョルグのさらに北を回り隠れるように逃げて、命からがらいきついた先が今のスヴェリア地方のあたりだ。
「ヤプスールって街があるだろ? あれがスヴェンニーの落人の里だ。勘づいてるとは思うが、あんたたちの知ってるスヴェンニーってのは錬金術で有名だろう?」
落ち延びることができた連中に錬金術師が多かったからだ。
錬金術なのかどうなのか、わけもわからず手元にある小さな能力を駆使してでも必死に生き延びようとした連中だけが安住の地に辿り着くことが出来たのだ。




