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その槍の名は 第四話

「黙んな、我慢の出来ないクソガキ。イチャモンつけるのは話を聞いてからにしな」


 背後に近づくと、顎を突き出してウサギの口のように前歯を少しだけ出し、眼鏡の縁の上から睨みつけてきた。

 年の割に視線がきつく眼光の中に恐ろしさもあったので、オレは両手を挙げて後退った。

 エルメンガルトはオレの仕草をじろじろと見つめると、「聞いといて話も聞けないのかい、ガキどもが」とぶつぶつ言いながら再びページをめくり始めた。


「私の書いた歴史書がなぜ強烈なまでに批判されたか」


「連盟政府じゃ御法度のブルゼイ族の歴史を書き連ねたからじゃねェのか?」


「そうさね。確かに、ブルゼイ族の歴史を書き連ねることであちこちから批判はされた。

 だが、政府自体はそうでもなかったんだよ。政府がダメならもともとブルゼイ語の習得なんざ、許可すらしださない。それに放逐した後にもこうやって放ったらかしにもしないはずだね」


「じゃあなんでだ?」


「私のたどり着いた一つの説が大問題だったのさ」と言ってページをさらにめくりながら、「正統ブルゼイ、下位ブルゼイ。下位ブルゼイは正統ブルゼイに刃向かわなかった。何故かわかるか?」と尋ねてきた。


「権力だとかで押さえ付けてただけじゃないのか? 下は従うしかねェんだろ?」


「いんや、違う」というと、ページをめくるのを止めた。そして、本を大事そうに抱えながら傍に来て内容を見せつけてきた。


「そのさらに下がいたからだ。呼称すら与えられない階級が存在した。要するにガス抜きだね」


 ストレルカが側に来て一緒に覗き込み始めると、エルメンガルトは本の一節をなぞり始めた。


 が、オレもストレルカも文字はハッキリとは読めない。

 学術的な歴史書のややこしい文体ともなれば、言語かどうかすら分からない。

 ババァは識字が当たり前だと思ってやがる上に、蚤だか虱だかみたいなクソちっこい文字でページいっぱいに書かれた文章をなぞる指の速度が速すぎる。


「あぁ、悪ぃ、ばぁちゃん。オレらさぁ……」と言いかけると、エルメンガルトは舌打ちをしてそれを読み上げ始めた。


“さらに下の階級は存在しないと言うことになっているが、確かに存在していた。以降は第三階級として表現する。

 彼らは公的な記録において明確な表現では載っておらず信憑性に乏しいかもしれない。

 だが、私の長年をかけ集めた様々な資料や口伝、および遺跡の調査とその後の研究により、ある説に到達した。

 彼らの手によって残されたものは、たとい公的なものではなくとも、紛れもない真実を語っていると私は確信している。

 存在しないはずの階級だったにも拘わらず、記録に多く登場する第三階級は全てにおいて共通して、解死人、人身御供など決してまともな形ではなく記録されていた。

 ブルゼリアは現在でも不明な立地に首都が存在した為に商会が入り込むのが遅く、また魔法も前述した通り、そこまで発達していなかった。

 それ故に、魔法の神秘性は高く奇跡として扱われ崇拝や信仰の対象であり続け、現代のように資本が重視されることなく宗教が色濃い時代が長く続いていたので、そのような形で何かと表に出てくることは少なくなかった。

 それで名前が無いというのは些か不便だったのだろう。いつからか誰かが呼び始めた名前があった。

 名前と言うよりもほぼ蔑称と等しいそれは“持たざる者(スヴェラム)”と言うものだ。男ならスヴェラチカ、女ならスヴェラドヴナというものだ。”


 読み終えると顔を上げて目をつぶり、その本をまるで封印するかのようにそっと閉じた。


「私が書いたのは“ブルゼイ族の歴史”だ。だから、それ以外の部族については書いていない。

 その下の階級、スヴェラムたちはある日一斉にブルゼリアから逃げ出した。

 そして、どこへ行ったか、知っているかい?」


 オレはババァの言いたいことをすぐに悟ることが出来た。しかし、それには思わず口角を上げて笑うしかなかった。


「オイオイ、ばぁちゃん、さすがに冗談キツいぜ?」


 困ったようににやけたオレの顔を見て、ババァはオレが理解に至ったことを悟ったようだ。


「わかったかい。それが“スヴェンニー”なんだよ」

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