その槍の名は 第三話
そして、大きくため息をすると、
「あんたらに教えられる歴史はないよ。私ら連盟政府がお前さんたちに昔何をしたのか、話したくなんざない」
と突っ返すように言った。
「そんな建前はいらねぇよ。もしかして長ぇからめんどくせぇのか?」
「ああ、面倒くさいね。話さなくていい理由がその程度で済むなら、面倒くさいって言うさ」
エルメンガルトは本の上に腰掛けると足を組んで紅茶を飲んだ。香りを楽しもうとして目を閉じたが、すぐに渋い顔になると、「こりゃあマズいね。ションベンの方がマシか」と顔をしかめた。
不安定な本の山の上にソーサーごと置くと、「あんた、女の方。そのブローチはどこで手に入れた? 盗品かい?」とストレルカの方を見て顎を動かした。
突然話を振られたストレルカは目を見開いて両肩を上げると、壁から身体を起こして一歩身を乗り出した。
そして、「コレかい?」と胸元のブローチを見せるようにつまみ上げ、「これは親の形見だ」と自慢げに笑った。
すると、エルメンガルトは少し目を伏せて黙り込むと「……そうかい」と首を動かすようにした。
「ならますます話すわけにはいかないね」
「あンだ? このブローチに何かあんのか?」
「黙んな。ブローチなんざどうでもいい。娘の知り合いが来たんだ。老い先短いばあさんにあの子の話でも聞かせておくれよ」
「あんだよ。そンなことかよ。なら何時間でも話してやるぜ? アンタから歴史を聞いたらな」
エルメンガルトは「仕方ないガキばっかだね、最近は」とぼやいた。そして、自らションベンとまでこき下ろした紅茶を一口付けてため息を溢した。
「連盟政府はあんたたちを徹底的に潰した。それこそ言語さえも禁忌にするほどにな。
ブルゼイ族と言えば、スヴェンニーとならぶ被差別。いや、スヴェンニーよりも酷いかもな。
だが、そんなブルゼイ族さえも実は身内の間で差別の歴史があったんだよ。
いいたかないが、あんたらも仲間内では似たようなことはしてたんだよ。だから話したくはないんだがね」
「なんだよ、ンなコトかよ。細かくは知らねェがブルゼイ族には上流階級と下流市民が存在したんだろ? 知ってるぜ。さすがにバカにしすぎだぜ」
エルメンガルトはおもむろに立ち上がり、「残念だが、それだけじゃない。ンなもんはどこにでもある」と言うと部屋の本棚前に立ち、その枠を手で触り何かを探り始めた。
何かに指先を押し込むと、本棚を横へずらすように体重をかけ始めた。どうやら本棚を動かすつもりのようだ。
ストレルカがエルメンガルトに近づき手伝おうとしたが、「いらん」と言って手を弾いた。
「動物は理屈を付けて上下を決めて、自らが優越感に浸れないと死んでしまう。
人間もニワトリもかわらん。上を上だと決められるのは、上に立つの者。下の者は従わざる得ない。
上に立ったヤツなんざ、先に理屈付けただけの早いモン勝ちでしかないクセに、変えたければ全てをぶっ壊すしか無い。
で、壊したら壊したで、今度は壊したヤツが上に立つ、と。くだらんとは思うが、それが本能だからな」
そして、三回ほど力むと本棚に体重が乗りゆっくりと横にずれ始め、その動きに合わせて家全体が揺れて埃がパラパラと落ちてきた。
ずれた本棚の後ろから、人が一人入れるほどの空間が現れたのだ。
「なんだよ、いきなり。もったいつけねぇで話してくれよ」
立ち上がりストレルカと共に中を覗くと、数冊だけ収められた本棚があった。
しかし、そこに並ぶ本は簡単に紐でとじられている程度で、どれも本と言うにはあまりにも簡素な装丁しかされていなかった。
紙も紐も劣化しており、軽く引っ張れば今にもばらけてしまいそうなほどだ。
エルメンガルトはそこにある一冊を引っ張り出し、眼鏡をかけた後に指を舐めて湿らせページをパラパラとめくりだした。