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その槍の名は 第二話

 家の前には誰もおらず静まりかえり、風に運ばれた砂が小さな山を作っている。

 だが、他の廃屋と同じように中にも誰もいないという感じではなかった。

 人の出入りが僅かにでもあれば、すぐに積もる砂山がドアの開閉や住民の足によって何度も崩される。そうして出来る砂山は他とは異なるのだ。


 護衛の気配が消えたので思った通り、ジューリアとかいうカマキリ女とウィンストンとかいう筋肉ダルマの監視はもう解かれていた。

 昼夜を問わず常にあった建物全体を覆うような気配がなくなるともの悲しくなるものだ。


 オレたちはエルメンガルトのババァの家に来ていた。


 エルメンガルトの娘がメリザンド先生だということは知っていた。

 メリザンド先生には何度も世話になった。

 民籍表(ライテレジスタ)のないオレたちにもルール違反だと知りながらも何度も怪我を治してくれた。怪我を負った理由は一切なにも聞かずにひたすら献身的に診てくれたことを忘れるわけもない。

 その治療中によく母親の話をしていたのを覚えている。

 実際にその母親とよろしくしたことはない。今日が初対面だ。

 だが、緊張感よりもいきなり放ったらかしにされた独居老人に憐れみを感じていた。


 久しぶりに尋ねてきた孫のような気分でドアをノックすると、ドアに付けられた小窓が横にずれて開いた。

 目尻にカラスの足跡がくっきりと浮かんでいるが、詰るような鋭い青い視線が現れた。


 その眼差しは縫い針のようにキツく尖ったものがあったが、どこか懐かしさもあった。やはりメリザンド先生の母親で間違いないようだ。


 オレたちを見ると見定めるようにぎょろぎょろと動いた後、


「ブルゼイ族が擦り切れババァに何のようだい? 娘と違って私は治癒魔法なんざ使えないよ。

 僧侶のまねごとがして欲しけりゃ他を当たりな。

 偶然にも今ここらにはいっぱいいるからな。黒髪のイズミとか言うヤツのがよく効くよ、あばよ。お大事に」


 とくぐもった声がした。そして、すぐさま小窓を閉じようとしたのか、立て付けが悪くすぐに閉まらない小窓の取っ手を弄るような音が内側から聞こえてきた。


「なぁ、ばぁちゃん、待て待て、待ってくれ。あんた、先生の、メリザンド先生の母親だろ? 目元がそっくりじゃねぇか」


 オレが慌てて呼び止めると、閉まりかけた小窓から見えていた眉間がピクリと動いた。


「娘の知り合いかい? 娘のことを先生付けで呼ぶヤツは、あの子に治癒魔法かけて貰ったヤツだけだ」


「まぁそうだな。何度か世話になった」と思わず愛想混じりに口角を上げてしまった。


 エルメンガルトはそれを見て怪しんだが「入りな」と言ってドアを軋ませた。




 家に入ると凄まじい埃の匂いに包まれた。しかし、長年かけて積もり積もった埃の匂いではなく、比較的最近巻き上げられたのか、古い臭いではなかった。

 足の踏み場は平積みされた本の塔の間にあり、エルメンガルトの後に続いてそれを足先で縫うように歩き部屋の奥へと向かった。

 広めの空間らしきところはリビングのようだ。立ち止まると首だけ向けて「座りな」と言ってきたが、何処に腰をかけて良いのか分からなかった。

 辛うじてあったソファの生地らしきところが一人分空いていたので、ストレルカに目配せするとオレに座れと掌を見せてきた。


 足を開いて腰をかけると、エルメンガルトは紅茶を淹れて運んできた。


「娘が世話になってたらしいな。時々顔を出すブルゼイ族っぽい連中の治療をこっそりしてたとか、噂で聞いたよ。まさかあんたらだったとはね」


「ああ、メリザンド先生にはだいぶ世話になった。それもオレらだけではないんだぜ。

 この辺りの同胞は、怪我したんならメリザンド先生んトコ行けってよく言ってたな。

 だが、先生の話じゃ、あんたはおかしくなっちまった、みたいなこと言ってたが、普通に話が出来るじゃないか。どうしたんだい? 親子喧嘩か?」


 お茶をテーブル上に置かれた付箋だらけの本の上に置こうとした手が一度止まると、エルメンガルトは顔をしかめた。

 どうやら本当に親子喧嘩のようだ。やれやれ、オレたちが余計なことを言うのは野暮だ。

 ストレルカの方に目配せをすると、壁により掛かって右掌を上に向けて答えてきた。


 エルメンガルトは目を合わさずに三人分のお茶を本の上に不安定に置いた後、舌打ちをして「馬鹿娘が……。親に向かって狂ったなんざ言いよって……」とぼやいた。

 乱暴なことを言ったが、その声は落ち着いていて目尻は下がっていた。そこには、娘を思いやるように穏やかで嬉しそうでもあるが、自分の不甲斐なさへの申し訳がたたない悲しみも垣間見えた。

 ババァめ、いけ好かねぇツラしやがって。やりづらさに首筋を撫でて左右を見回した。


 しかし、「で、そのブルゼイ族が私に何のようだ?」と顔を上げると表情は鋭いものに戻っていた。


「歴史を教えてくれ」


「いつかの洟垂れ小僧と同じ様なこと言うヤツが来たねぇ。だがなぁ、しかし、」


 エルメンガルトはオレの後ろの壁に寄りかかっていたストレルカの方を見ると、足の先から頭の上まで舐めるように見つめた。そして、胸に付いたブローチを見つめ始めた。

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