黄金蠱毒 第百三十三話
「シバサキ司長、私は本日正午限りで黄金捜索を離脱させていただきました。先ほッ」
シバサキはクロエの言葉を遮り、頬を力の限りでひっぱたいたのだ。
平手を打つのはうまいのか、一体の空気全体にビンタの高音が響き渡った。
さらに「馬鹿野郎!」と怒鳴りつけ、よろけたクロエの腕を掴んで引っ張ると袖をまくり、タバコを思い切り押しつけたのだ。
クロエはまだ黄色い高熱に「いうっ」と歯を食いしばったが、仕打ちに対してやり返したり言い返したりする素振りは見せず、慣れている様子なのかそれ以上の反応をすることは無かった。
シバサキはタバコを投げ捨てると、振り抜いた右手をわざとらしく押さえ、「ひっぱたく僕の右手も痛いんだぞ! お前のためを思っているのだ!」と再び怒鳴り、話を続けた。
「お前は僕の部下だろう! 最後まで付き合うのが筋ってものだ。
筋を通せない奴に黄金なんて見つけられないぞ。
いいや、違う。筋を違える者がいることで黄金が遠のくのだ!
そうなると、みんなが迷惑する。それは僕たちだけの話ではすまないのだぞ!
いいのか、君はそんな程度で! もっとできるだろう! ついてこられるだろう!
さぁ、寝ぼけたことを言ってないで手伝いなさい。わかったね」
投げ捨てられて砂にまみれて消えたタバコとは裏腹に熱を帯びているシバサキに、クロエはニッコリと「そうですね。わかりました」と微笑み返した。
遠巻きにそれを見ていたが、お世辞にも温かいものを何も感じなかった。
クロエのこもっていない笑顔を自分への服従と肯定だと思っているシバサキは「うん、よい返事だ!」と腕を組んで大きく頷いている。
クロエは相変わらず微笑み続けながら、
「通す必要のある筋が無くなったので私は戻ります。それから、私はほかに任務もありますので。それでは失礼させていただきます」
と返事を付け加え、くるりと方向を変えて歩き出した。
「うん! よろしい! え!?」
シバサキは感心したように頷いたが、クロエが帰ると言ったことに気がついたのか、さっと背中を向けてその場を立ち去ろうとしたクロエのボレロを力任せに引っ張った。
クロエは首からぐんと引かれてバランスを崩したが、身体を捻り立ち上がった。
シバサキは手を放そうとはせずに「待ちなさい! 任務だ!? そんなものどうだっていいだろう!」とクロエに迫った。
「君は何とも思わないのか! 任務をキチンと最後まで走りぬく。
かけっこでもそうだろう? ゴールテープを切っていきなり立ち止まるなんて、一位になったとしても悲しいじゃないか……なぁ?
そもそもまだゴールにすらたどり着いていないじゃないか。投げ出すなんて論外だ!
それに僕は君の上司だぞ? 上の者の命令は絶対なのはどこでも一緒だろう」
クロエは表情なく無言のままで、ローブを思い切り掴んでいるシバサキの手を見下ろしている。一度目をつぶりゆっくりとシバサキの顔を見た。
反応に何かを察したのか、シバサキは残念そうな顔をして手を放し、何やら感慨深そうに目を閉じると腕を組み、
「そうか……。残念だ。君は今後どうなるかなんて……、わかるよな? 上司の僕からの評価が……。いや、これ以上はよそう」
と組んだ腕からはみ出た手をしっしっと振って背中を向けた。
そして、「マイナスぅー、五十点んー」と何やら思わせぶりの様な独り言をぶつぶつ言いながら大股で歩き、足音を大きく聞かせるように立てその場を去って行った。
クロエはシバサキがいなくなると同時に、タバコを押しつけられた右前腕を押さえた。火傷の痛みが相当強いのだろう。その場で屈み込んでしまった。
見ておいて止めなかった俺には罪悪感があり、腕を押さえたまま屈んでいるクロエに近づいた。




