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黄金蠱毒 第百三十二話

「随分行動決定が早いな。上役のスタンプラリーはしなくていいのか?」


「決定も何も、現場には二人しか来ていないのですぐに決まりました。彼は話にもならないので、私一人の決定です。

 彼の判子の複製も持っていますので、私がそうだと決めればそうなのです。これから事後報告です」


 危うい組織体制だが、昔いた大学でも講師が教授の判子を複製して持ち歩き勝手に押していた。世界が違えども、どこも似たようなものになるのだろう。


「片付けはないのか? シバサキのゴミはどうしたんだ?」


「幸いなことに、ものも元々殆どありません。重要なものは商会の方に頼んで送って貰いましたので、ご心配には及びません。

 シバサキのゴミも廃屋ごと燃やしてしまいました」


 こりゃ素晴らしい。元々必要の無い物だから諸共燃やしてしまえというのは如何にもな考え方だ。

 おそらくはゴミに機密が混じっている可能性も高いので、それごと隠蔽するつもりなのだろう。


 クロエはニッコリ微笑んでいる。

 その胸くその悪い作り笑顔を黙って見ていたが、俺はあることが気になった。クロエの撤退は出来る限り後回しにして欲しかったところがあるのだ。

 しかし、尋ねるわけにはいかない。


 俺がクロエの目を左右にチラチラ見ていると、クロエは何かに気がついたのか、「ああ、そうだ」と掌をぽんと叩いた。

 そして、「ご安心ください。あなたが大事を起こさなければ、聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)もこんな田舎までおそらく来ないでしょう。それにあなたにはしばしば助けていただいたので、本部への報告もしばらくは控えてあげましょう」とさらに笑顔を強く見せつけてきた。


「ですが、絶対に誰も来ないという保証は出来かねます。

 シバサキは聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)に飽き足らず、よく分からない部隊を組織した模様です。

 私たちが彼の言うことよりも理念信念に基づいて合理的に行動しているのが気に入らないようで、自分に絶対服従の集団を作ったみたいですよ。

 そちらに関して言えば私は管轄外。少なくとも私が言えるのは、連盟政府の手勢が来たときは私以外の誰かと言うことです。

 あなた方には嫌われたくないので、念押ししておきますね」


「俺はもう充分嫌いだよ。これ以上無いほどにな」


 クロエは「それは残念。でも、無関心でないなら後は好きになっていただくことしか出来ませんね」と肩をすくめた後「やれやれ」と息を大きく吸い込んだ。


「私も寒くて乾燥しているところからやっと解放されますよ」


 腕を前や上に伸ばし、肺いっぱいに吸い込んだ空気を吐き出した。

 だが、次第に表情を曇らせ、最後に「ですが」と頭をがっくりと下ろし、残った僅かな空気を埃飛ばしを握ったような吐息で鼻から出した。


 ゆっくりと顔を上げると、「意味が無い状況だとはっきりしているのはそうなのですが、簡単に撤退できるとは思えませんので」と遠くでタバコを吸っているシバサキを見た。

 視線の先の男は、諜報部員の名を借り国の税金を使い込み、時間が無いにもかかわらずいつまでもトレジャーハンターごっこをするつもりなのだろう。クロエの心労が窺える。


「知らねぇよ。頑張れ」


 なけなしの励ましの言葉を投げつけると、ぐったりした目で「他人事ですこと」とつぶやき、シバサキの方へと歩み出した。


 タバコ……。シバサキ……。


「おい、クロエ。待てって」


 確か、ポケットに空の魔石があったはず――。

 ベルカとストレルカの件以降、空の魔石を持ち歩く癖を付けていた。

 俺はポケットから元メリザンド治療院からこっそり持ち出した空の魔石を取り出し、そこに治癒魔法を簡単にこめてクロエに放り投げた。

 クロエは突然投げつけられた魔石に驚き仰け反るように両手で受け取り怪訝な表情をした。

 しかし、中身を見ると口角に皺を寄せた自然な笑顔になり、小首をかしげて挨拶をすると再びシバサキの方へと向かっていった。


 タバコを吸うシバサキに、彼にとっておそらく不愉快な報告をするというのは非常に危険な行為だというのは、かつての仲間時代の経験からきたものだ。


 しかし、よくよく考えれば相手はシバサキだ。

 クロエには治癒魔法がかかった魔石を渡してはいるが何をされるか分からない。おそらくシバサキは仲間時代からは考えられないほど力を付けているはずだ。

 癇癪を起こしてコントロールせず力任せにクロエに当たり散らして、致命傷もあり得る。

 それでは魔石如きでは間に合わない。


 俺は二人のやりとりを遠巻きに見守ることにした。別に心配なわけではない。別に。

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