黄金蠱毒 第百三十一話
しかし、カミュは足早に戻ってしまったので、黄金など無いことをレアが知っているのかどうかについて、話に触れることが出来なかった。
俺自身もそれについて尋ねることは積極的にしようとは思わなかった。
カミュに負担を強いるか、もしくは自分自身の隠しきれない表情でまた余計なことを漏らしてしまうかもしれないと思ったからだ。
それを踏まえた上でもかなり受動的な思考だが、彼女の口から言ってくれるのを待っていたところもある。
クロエは横に並ぶと、足早に帰っていくカミュの背中を目を細めて睨むように見送りながら
「金融協会の方はお帰りになりましたね。長く話されていたようですが、いったい何の話ですか」
と感情が乗らないような冷たい声でそう言った。
俺は、道化ぶるのはもうやめたのか、と言い返そうとしたが、彼女は「――と聞くのは野暮でしょうね。大方、黄金など無いとわかったのでしょう」とすぐさま以前のような作り笑顔になった。
「そうだな。実際に黄金は無いらしい」
あら、と驚いたような高い声を上げると俺を見て二、三度素早く瞬きをした。わざとらしい仕草だ。
「随分あっさり認めましたね。私の発言がカマカケだったらどうするのですか?」
「俺なんかにはわざわざかけなくても、自分から溢すのことぐらいわかってんだろ。付き合い長いんだから。
それに、遅かれ速かれ、集会ではっきり伝えるつもりだったからな。
だが、いきなりそれだけストレートに言えるってのは、お前ら自身にも黄金に対する怪しさはあったんじゃないのか?」
「まぁ、そうではないかというと否定は出来ませんね。あくまで私自身の見解ですが。
しかし、先ほどのヴィトー金融協会のカミーユ氏から資金が底をついたために撤退命令が出たというのが決定打にはなりましたね」
クロエは間を開けると、顎を引いて「本来そのようなことがあるわけがないのです」と意味深な顔をした。
「なんでそう言い切れる?」
見るからに、疑問があるでしょう、聞いてくださいましという、顎を引き眉を上げて覗き込むような表情を無視できなかった。
それを俺にあえて尋ねさせることによるクロエの企てる何らかの思惑への誘導がある可能性に、尋ねてから気がついた。
今さらだ。耳を傾けた。
「よく考えてください。連盟政府はいまどのような立場に置かれていますか?
あちこちの自治領は相次いで独立宣言をしました。それも連盟政府を取り囲む様に。
彼らは連盟法による抑圧的な規制や税制から放たれて、経済的にも技術的にも右肩上がりです。
政府はそれらをあくまで反乱として扱っています。
ですが、政府所属の身としては認めたくないところですが、勢いで完全に負けています。
さらに、魔法を持たないただのエルフの国と見下していた共和国は技術発展によりかつて無いほどに力を付けていて、連盟政府も今や血眼で対抗策を見いださなければいけない状況。
先日お伝えしたシンギュラリティを迎えつつある魔術のブレイクスルー以外に方法はありません。
加えて、政府は財政悪化に伴い、三機関の勢力関係において下に見ている金融協会にさえ頭を下げなければいけないほど逼迫しています。
それら状況はなんとしてでも打破しなければいけないのです。そのための三機関介入クラスの事業なのですから。
黄金の発見は連盟政府だけにプラスに働くわけではありません。金融協会とて無視できないような事業に資金を出さないというのは考えられません。
それを突然打ち切ったと言うことは、黄金などおそらく無いのでしょう。
資金が底を尽きたというのは建前」
そして、クロエは答えを合わせるかのように小首をかしげ、不敵な笑みを浮かべて上目遣いになった。
なるほど、さすが情報処理部門だ。それだけ情報があればそこに辿り着くなど造作も無いのだろう。
「で、お前らはどうする?」とハイともイイエとも、もちろん正解とも言わなかった。
だが、俺の返答の声色で自らの分析と結論が正しいと悟ったようだ。クロエはふふっと鼻を鳴らして小さく笑った。
「私たちの目的は確実に存在する黄金です。
あるかどうかもわからないものにかかずらい、きっとある、諦めなければいつか見つかる、などという幻想を追いかけている暇はもうこれ以上ありません。
少なくとも私はロマン溢れるトレジャーハンターではなく、連盟政府を支える諜報部員ですから」
そう言うとちらりとシバサキの方を見た。今にも震え出しそうなクロエの眼瞼は、蔑みをこれでもかと湛えている。
再び振り向くと、
「いつか、ではなく今、そして確実に、必要なのです。
今日の正午に撤退は決定していて、本日中にサント・プラントンへ戻ります」
と言って微笑んだ。




