黄金蠱毒 第百二十五話
「それだけってワケでもねぇよ。
私ら共和国は比較的早い段階でエルメンガルトを保護しただろ。
そのことを北公にも伝えたが、現場の責任者であるムーバリは了解したと言うこと以外何も言わなかった。
手掛かりを押さえられたに等しいのに、ハイ分かりましたで済ませていいわけがない。
ムーバリが共和国ではモンタンで、おまけにマゼルソンの精兵であることを考えれば、その時点でもう黒だと気づくべきだったんだよ」
「モンタンはマゼルソンに信頼されてるからな。知らないわけもないということか」
ユリナは「しかしなぁ、そこも問題なんだよ」と眉間に皺を寄せて大きく息を吸い込んだ。
先端が赤くなるとチリチリと微かな音を立てて短くなった。
「モンちゃんのクソ坊はマゼルソンから直々に黄金なんか無いって聞いてるはずなんだよなぁ。だが、なんでまだ北公は黄金探ししてんだろうな。
まぁ、北公には北公で、あちらさんにはあちらさんの事情が色々あるんだろうな、知らんけど」
煙を鼻から勢いよく吐き出すと同時に両肩を下げた。
「北公ではあくまで、ムーバリ上佐、であって、モンタンとしての情報は伝えてないんだろ」
ムーバリないしモンタンの二重スパイとしての行動の器用さには感心してしまう。情報を巧みに使い分け、信用と不信のボーダライン上の真上を走り続けているのだ。
北公はおそらく黄金は存在するものだと思って探している。この期に及んでカルルさんがムーバリを呼び出して、黄金はあるのか否かをスパイとして尋ねるというのは考えられない。
北公にとって、黄金は兵器開発には不可欠だが急を要するほどに差し迫って必要ではなかったはず。そこがまたスパイとしての動きを分かりにくくしているのだ。
「その“あくまで”ってのもグレーだとは言い切れねぇんだよ。もちろん白でもない」
だが、ユリナにとってはそうでもないようだ。
すでに人差し指と中指が火傷しそうなほど短いタバコを、そのまま燃やし尽くしてしまうほどにさらに大きく吸った。
「クソ坊もクソ坊だが、あのジジィもクソだぜ。
エルメンガルトセンセェは黄金の存在に対して懐疑的だったが、私らも引くに引けずに往生際悪くよくもまあ粘ったモンだわ。
だが、センセェはシンヤに会わせた後でも黄金は無いかもしれないってあんまりにもしつこいもんだから、黄金が目の前にあるのに動かない理由をマゼルソンに問い詰めたらあっさり言ったよ。
偉そうに、よく真実にたどり着けたな、だとよ。
使っちまった予算について、いくら金融省長官が自分の旦那とは言え誤魔化しは利かないそうだが、マゼルソンが法律省肝いりで国防費として処理するように手はずを整えてくれるそうだ。
ありがたいようで、マジクソ野郎だぜ」
ユリナは歯を出して卑屈な顔をして視線を上に向けた。そして、吸い口に歯形と口紅の付いたタバコを灰皿に押しつけ、ねじるように潰して火を消した。
「大丈夫かよ。四省長官が分裂とかやめろよ?」
「んなことはない。そんくらいでへそ曲げてたら、国なんか成り立たちゃしねぇよ。
それに今回長官である私が直接動いたことは全くの無駄じゃなかった。ジジィが黄金探しに何にも言わなかったのは、北公と私ら共和国の関係を持たせるためだったんだろ。
高くは付いたが、全くの未知だった北公の動向をある程度知ることが出来た。
ジューリアとポルッカがちっとばかし暴れたようだが、なんだかお互い認め合ったみたいで丸く収まった。
北公との関係も良好ではないが悪くはないことがハッキリした。つまり国防費として、その内訳に何ら問題は無い」
ユリナがちらりとセシリアを見ると、満足げな顔のセシリアはすでにジュースを飲み干しており、腕で口回りをぐしぐし擦っていた。
それを見ると「そろそろか」と言って、組んでいた足を戻して両膝を叩きながら立ち上がり、デスクへと向かっていった。
途中で振り向くと
「おまえら、まだなんかする予定なんだろ? 装甲車とか破砕機とか置いとくから使っても構わねぇよ。
使い方わかんねぇなら、滑走路横の基地には最低限の人員は置いとくから。
つっても基地の維持と人間側の動向を探る為だがな。終わったら返しとけよ?」
と笑いかけてきた。
「置いとくとまた誰かが持ち出そうとするかもしれないぞ? ユリナも帰るんだろ? クロエはアンタに完全にビビってるが、そのアンタがいなくなると何するか分からない」
肩を押さえて首を回して音を鳴らしながら、
「そら心配には及ばねぇよ。クソ眼鏡とクソ詰めマッチ箱野郎が触れたら正常に動作しないように魔法かけといたから。うっし」
と気合いを入れてスーツの腕をまくり上げた。どうやら撤収準備を再開する様子だ。
「そういうワケだ。とりあえず共和国は一抜けだ。なんかあったら連絡してくれ」
思った通り、デスクの上の書類束を段ボールの中に無秩序に放り込み始めた。
ユリナがデスクの回りを触り始めると、つもりに積もっていた埃が一斉に舞い上がった。
俺たちも彼女の邪魔になりそうだったので、この場を後にすることにした。
残っていたコーヒーを捨ててしまおうと持ち上げると、ユリナは咳き込みながら「ああ、構わん構わん。いいから置いてけ」と右腕を追い払うようにひらひらと動かした。




