黄金蠱毒 第百二十一話
「も、もう戻ってしまうようだが、ルカスさんのところに顔は出さないのかい?
ルカスさんもだが、最近彼の側近になったヤシマも君たちのことを心配してるみたいだ。
彼はボクたちへの埋め合わせでよくしてくれる。顔見せ程度に会っていってくれないか?」
「すまない。急いで戻らなきゃいけないんだ」
募る話は確かにあった。長話に花が咲いてクライナ・シーニャトチカに帰るのは夜中にでもなるかと思っていた。
だが、状況が変わってしまった。
気づいたことをできるだけ速く伝えなければ、また無益な争いが起きるかもしれないのだ。
そして、もし本当に無いのであるならば、早く伝えればセシリアを歌を思い出さなければいけないという負担から解放することも出来る。
半ば慌てふためいているような様子の俺を見て何かを理解したオージーはそれ以上引き留めようとはしなかった。
「君も相変わらず忙しいね。今度食事でもしよう。
最近はパウラさんに料理を教わってるみたいでアンネリも料理がうまくなってきてね。まぁそのせいでボクは太り気味なんだがね。
それから、二人の戸籍についてはボクがルカスさんに直々に尋ねておくよ」
一度立ち止まり、ダイニングの出入り口へと歩み出した俺たちを追いかけるように首を動かしているオージーたちの方へ振り返った。
「ありがとう。だけど、ルカスさんは今んとこマルタンの亡命政府への対応で手一杯のハズだから、それはコトが落ち着いたら自分で向かうさ。自分の籍なんだ。人任せってのは、な」
「そうか。わかった。でも、そこそこに話は付けとくよ。気をつけて。
といっても君は移動魔法ですぐだったな。商会にはバレないように」
焦りのあまり、少しあしらうようになってしまったことに申し訳なさを覚えつつも、ダイニングを出てかつて使っていた部屋へと足早に向かった。
目立たないようにするため、そこでポータルをクライナ・シーニャトチカの家へと開くつもりだ。
早足で長く真っ直ぐな廊下を歩きながら俺は二人に状況を話した。
「アニエス、セシリア、話は聞いていたよな?
ユニオンは研究の為に黄金が大量に必要。だけど、埋蔵量は多くないし、それを補う為の同じ性質の物質をまだ作れていない。
にも関わらず、各国本気モードの争奪戦状態の黄金探しには参加していない。
そして、ユニオンは黄金の持ち主であるブルゼイ族に関することが多く書かれている北部文献を多く解読している。
これから分かることは」
アニエスは少し間を開けて、「黄金は全く存在しないかもしれない?」と囁くように答えた。
「そう。アニエスが最初に思ってた通りだった。
金鉱脈なのか財宝なのか、はっきりしないんじゃなくて、そもそも存在しないんだ」
アニエスは「どうしますか? 全員に伝えますか?」と神妙な声で尋ねてきた。
セシリアは状況を理解していないかもしれないが、緊迫した俺と困惑した様子のアニエスを見て何かを察しているのか、俺を見上げて不安そうな顔をして繋いでいた手を汗ばませて強く握ってきた。
「いや、待ってくれ。このまま本当に黄金が無いことを確定できたとしても、いろいろなことに違和感があり過ぎる。まず明日にでもエルメンガルト先生のところに行こう。
あの二人組、ベルカとストレルカには俺たちから伝えた方がいいな。あいつらは一番敵対したが、一番俺たちについて知っている。あいつらの為でもある」
「どう出るでしょうか? 危険が及ばなければいいですが」
「大丈夫。二人にはもしかしたらとは伝え……、おっ」
そのときキューディラが鳴った。
忙しくなったときに一体誰からの連絡だとやや億劫に左腕を持ち上げ浮かび上がった文字を読むと、そこにはユリナ・ギンスブルグと表示されていたのだ。




