黄金蠱毒 第百十九話
「そう。ヒューリライネン法では金の持つ絶対魔力絶縁性を他金属に付加することは出来ないんだ。
そして、絶対的な絶縁性を持つのは唯一金のみ。だから、絶縁性を得たければ、金を金として直接使わなければいけない。
これはボクたちが錬金術師と呼ばれる所以でもあるな」
例えば、ブルゼニウムの持つ魔力電導性は空気中のおよそ一万倍は高い。それは空気中での伝導速度を一とすれば、一万倍速いということになる。
従来の金属に比べれば格段に伝達速度は速いが、それでも無限に速いというわけではないのでタイムラグも生じてしまう。
その時間的なズレによる不利益を解消するべく、魔力伝導性をよりよく、可能ならば無限に近づける方法を誰もが調べている。
現時点において、疑似特異点を使って伝導速度を加速しているが、最近ではもう上限が見え始めているらしい。
その無限の魔力伝導性を得るために、もはや速度ではなく魔力作用の同時多発的な事象を人為的に引き起こす可能性を調べるためにも空気中のゼロ倍、つまり魔力完全静止について調べる必要があるのだ。
「事実上それは可能だと言われている。
君が魔法を唱えたとするだろう? その魔法は何処に発生するか考えてみてごらん。
頭の中で思い浮かべ、杖先に魔方陣を作り上げ、そして、魔法はその魔方陣の中にできあがるだろう。
それは魔法の同時多発と同じだと思わないか?
尤も、人間は行動する七秒前に脳内では既に意思決定されて行動を始めているといわれるから、その時間はどうなるんだと言われてしまうと何も言えないがね。
それに魔方陣の形成自体、単なる時間稼ぎなのではないかという学説もある。
ボクたちがゼロについて研究をするのは、単なる学術的探究心だけじゃない。
魔力絶縁性は研究分野において“否定”としての立場があるので産業面においても何かと使うのさ。
だが、都度金が必要になってしまう。それではコストが半端ではない。
少しでも安く金の性質を得られれば単なる成果だけではなく、様々な物事を発展させられる。
ボクたちはそれを実現させるための研究をしているんだ」
壮大な夢を語るようなオージーの難しい話は頭の中を通り過ぎていく。
俺の頭の中を支配しているのは、難解な研究内容や無限の可能性ではなく、自分たちのしていることへの強烈な疑問と不安感だ。
オージーの話をまとめると、金は金として得なければ金の持つ性質を手に入れることが出来ないはずだ。
まだ研究の途中で実現はしていない。つまり、実験には大量に金を使っているはず。
話を理解した瞬間に脇の汗が噴き出たのは、オージーの話に驚いたからではない。
「……ユニオンには金鉱山はあるのか?」
心ここにあらずで突拍子も無く、脈絡も無視したようなことを俺は尋ねてしまった。
オージーは「なんだい? どうしたんだ、いきなり?」と混乱した様子を見せたが「そうだね」と顎を触り何かを思い出すようになった。
「確か、この間金の利用申請を出したときにバスコ所長が何か言っていたな」
なんでも、先の独立で様々な事業の民営化が進んだらしい。
しかし、リンと金鉱山の採掘権を含めたありとあらゆる権利は手放さなかったそうだ。
おそらく民間に払い下げてしまうと、コントロールが無くなり無際限に採掘されてあっという間に国外に流れてしまう可能性があるからだろう。
民営化を促進したユニオン政府がそこまでするということは、現在ある量も採掘見込み量も多くないと考えられる。
「所長も金があるなら探しに行きたいとしょっちゅう言っているからね」
黄金は多くないのならば、実験に必要な黄金をより大量に確保するべく黄金探しに積極的に参加していてもいいはずだ。
だが、ブルゼイ族についての記述が多く書かれている北部文献でその存在について多く感知していながら、俺たちの黄金捜索に全く関与を示していないということは――。
「そうか、ありがとう」
「あら、イズミ。どうしたのよ、なんかピリピリ殺気立っちゃって」
アンネリは双子を抱きかかえ、アニエスはセシリアの手を引いて戻ってきた。
「ああ、すまない。ちょっとな、色々」
言われた気になることばかりだ。誤魔化すことさえも上の空になってしまう。