黄金蠱毒 第百十六話
「何せここには車に汽車に、飛行船。極めつけは飛行機ときたものだ。
今やもう、汽車や車は市民の足として欠かさないし、飛行船や飛行機も値は張るが民間人も利用できる。
ユニオンは広いが、それらのおかげでかなり狭くなったものだよ。
これまで何ヶ月もかかったのが、今じゃ数時間だ。ちょっとした旅行ブームも起きてるくらいだ。
ま、移動魔法なら一瞬というのには叶わないがね」
「ずいぶん便利になったなぁ。マルタンの亡命政府はどうなった?」
「完全に膠着状態。亡命政府は自らの立場を主張しつつも、そこの頂点に立つ人物がいない。
何せ、彼らが掲げているのは帝政ルーアだ。頂点に立つとなればルーアの一族でなければいけないからね。
決め手が無いままダラダラと時間が過ぎて、そのうちにカルデロンやトバイアス・ザカライアの両商会が闇市ルートで入り込み物資を送り届けている。
両者が今後の覇権を競って安く売るから、商品の売値もこれまでよりも少し高い程度で済んでいるらしい。
香ばしい闇の仲介業者をのさばらせない為にも両者とも暗黙の了解で安くしてるって話もある。
マルタン市民からすれば、公共サービスの手続きが面倒になったこととマルタンからの外出が制限されたことが厄介らしいが、それ以外はほとんど何も変わっていないも同然だそうだ」
「どこへ落ち着かせるのかね、その件はいったい」
オージーは「さぁね」とあまり興味なさそうに窓の外を向いた。
かつてストスリアで学生運動が起きたとき、オージーに限らずアンネリもあまり興味を示さなかった。
権力闘争に興味は無いのだろう。だた純粋に研究をしたいだけなのだ。
学生運動といえば、ちょうど双子の誘拐事件があった頃だ。興味が無いだけではなく、思い出したくもないのだろう。
「ボクたちは研究者。魔術の研究成果で市民を笑顔にするのが仕事。
政治で市民を笑顔にするのは政治家の仕事さ。
聞いた話では、幸いにもヘマさんは無事で、アニバルも例の子も元気だそうだ。
ボクたちが気にしたところで、出る幕は無いさ」
例の子、それはウリヤだ。ウリヤ・メレデント。メレデントの孫だと思っていたが、実は娘だった子だ。
先の共和国金融省長官選挙で被害を受けた子どもの一人だ。
彼女の父であるメレデントは強硬派候補を擁立し支持。そして、他候補の息子であるマリークを誘拐の指示を裏で出していた。
結局、未遂で済んだが俺は左肩を撃たれた。
憎しと目の敵にして選挙戦の最中に秘密を調べると、メレデントは帝政思想という危険思想を持っていたことが明るみ出た。
そして選挙直後、彼はウリヤと共に小型船でユニオンへの亡命中に殺害された。
しかし、ウリヤは生き残ったのだ。体躯の大きいメレデントが庇ったのだろう。
メレデントがどれほどの悪であろうとも、ウリヤのたった一人の家族だった。
結果的に、まだ幼いウリヤは最後の肉親を失い、ひとりぼっちになってしまったのだ。
戦争や大人のエゴで真っ先に被害を被るのはいつも子どもだ。
遠くではアンネリに捕縛され髪型を強制的に三つ編みツインテールにされたセシリアが、興味ありげな顔を浮かべながらはいはいをして迫ってくるアンヤとシーヴに戸惑っている。
自分よりも年下の存在に初めて遭遇したのだろう。双子は興味ありげにセシリアに近づいているが、それを困ったようにキョロキョロとして、助けを求めるかのように俺とアニエスを見ている。
「私ちょっと行ってきますね」
その光景を見かねたアニエスはセシリアの方へと向かって行き、屈んで目を合わせると「あなたはお姉さんなのよ」と優しく微笑みかけた。
自分がお姉さん、という言葉にセシリアは衝撃を受けたのか、口と目を丸くして鼻から息を吐き出すと、及び腰で震えた手を伸ばして双子に接触を試みようとし始めた。




